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2話


イシュツガル王国にあるシュティエール学院は前世のドイツにあるノイシュバンシュタイン城を模した造りであり王城に匹敵する程に大きく、新入生の迷子は毎年恒例のものだとフェルキスは言う。

広大で美しい庭園には四季折々の花が咲き、知恵の女神であるシュティエール様の石像を中心に建てた噴水は水元素魔法によってどんなに天気が悪くとも驚く程に澄んだ水が吹き上がっている。


この学院を取仕切るのは前国王の長子でありながら王太子になることを拒否し、自ら臣籍降下した大変朗らかな性格と噂の王兄フリオ・バーデンス公爵だ。

自分は王には相応しくないからね、と穏やかに笑いつつ反対を述べる貴族と側近をあの手この手で納得させ弟である現国王に王太子の座を押し付けたらしい。

押し付けた、という部分は元は王兄殿下の側近だった父の主観である。

冷酷な宰相様をあの手この手で説得できる人物が王に相応しくない訳がないだろうに…と思ったのだが、当時の父は現在より冷酷では無かったのかもしれない。

とは言え、父も「フリオ様は本当に向いていないんだよ」と笑っていたので、どこかに王に向かない何かがあるのだろう。


入学から2年生が終わるまでは中央棟にある教室で全員が同じ授業を受けるが3年生になると各学科固有の棟で授業を受けることになる。

騎士学科は、近衛騎士団や騎士団、私兵団を目指す者が多く専攻する。

騎士棟の敷地は学院内一の広大な土地を有しており、厩舎、馬術場、鍛錬場、模擬試合場がある。

棟内は華美さには欠けるが簡素とも言えない洗練された様相であり、無駄は一切ない。

中秋の月に催される学院祭でトーナメント戦が行われ、最終学年の成績優秀者は騎士の中でも最高位に位置する近衛騎士団に入団するチャンスを得れるようだ。

近衛騎士団は王族の護衛が主な任務であり、少数精鋭。

騎士団は王都の守護や警備の任務に当たる為、人数も多い。

私兵団は各領の領主が雇い、領地の警備や領主一族の警護に当たっている。

フェルキスやシュテーリアに付いている護衛もエアリステ私兵団の者だ。


魔法学科は宮廷魔術師や魔法研究員、治癒士の育成がメインの学科である。

魔法棟では宮廷魔術師を目指すものは戦闘訓練に重点を置き騎士学科との連携訓練もある。

研究に携わりたい者は魔法に纏わる研究のみではなく薬品の研究もしており、熱意…というか前世で言うところのオタク気質な人物が多いようだ。

研究員を目指す者は学生のうちからモストン公爵とエアリステ侯爵が共同統治する魔法開発領で働く魔法研究員と連携を取り、仕事をする事もあるという。

治癒士を目指す者はまた特別な授業を受けていると聞く。

また、魔法棟内部は機密事項とされ、関係者にしか明かされないらしい。

騎士学科と同様に学院祭で魔術のお披露目会があり、優秀者には宮廷魔術師としてのスカウトがあるらしいが極めて狭き門であると噂だ。

宮廷魔術師になれなかった者は主に私兵団で重用されると聞く。

現宮廷魔術師団長モストン公爵の子息である双子がシュテーリアと同い年という話なのだが、フェルキスいわく子犬の皮を被った狸と狐だという。

厳戒命令が出たのは言わずもがな、である。


文官学科は、司政官や市井官・外交官など政に携わる者の育成が主である。

学院祭では政を研究題材として、成果を発表する場があり、優秀者は王城勤めに配置されることが多い。

文官棟においては王族専用の執務室、学院長室、生徒会室など学院の運営における重要な場所が揃っており、内装は至って簡素なものだ。

王城勤めの司政官が立ち入ることも多々あり、慌ただしさで言えば騎士棟と同等のものがあるだろう。

宰相の部下は全てここから選出される為、毎年父は卒業シーズンが近くなると頻繁に訪れているようだ。

近年は特に外交官を必要としていて語学と交渉術に長けた者を求めているらしい。

エアリステ家は代々文官学科に進んでいるのだがフェルキスはというと文官学科で習うことなど最早無い上に剣術も魔術も既に学院トップレベルらしく、芸術学科を専攻し嬉々としてピアノを弾いている。しかも、かなりの腕前らしい。

誰かこいつに欠点を……と思ったが妹至上主義な性格は欠点だろう、と思い直した。

そもそも代々エアリステ家が文官学科に進むのは学生時代から仕事を割り振られる為だ。

仕事の量が膨大であるが故に文官棟にある王族専用の執務室の使用が許されているらしい。

それもこれも王太子の側近に必ずと言っていい程エアリステ侯爵家の子息がいるからだろう。

かく言うフェルキスにも執務室の使用権が与えられているし、仕事が多い時には授業を休み仕事に専念している。

余談だが、王族専用の執務室であるはずなのに隣接された休憩用のサロンには何故かフェルキスの為にピアノが設置されていると聞いている。


芸術学科は、主に貴族子女と芸術家や聖職者を望む者の為の学科だ。

芸術棟にはお茶会用のサロンや庭園、美術室、音楽室、聖堂、ダンスホールがあり、調度品や美術品もそれに相応しく最高級のものが用意されている。

子女は刺繍やダンス、マナー、音楽、ドレスや宝石の選び方など結婚後の家政に困らないよう簡単な領地経営を含むあらゆる事を学び、聖職者になることを望む者は宗教学を芸術家希望者は技術の研鑽を目的としている。

芸術家は宮廷楽師や歌師、王族お抱えの画師や作家を目指す、分家出身の子息が多い。

シュテーリアは、芸術学科に進むのだろうが、なんと言っても母親がハイスペックお母様すぎて既に芸術学科に進むのは無駄としか言えないレベルの技術を身に付けさせられているし、この芸術学科の難点と言えば聖職者となる者は貴族位を返上することが決まっており、芸術家はそのもともとの位が低いため、上位貴族、下位貴族、貴族でなくなるものと入り乱れて在籍しており、差別が横行しやすく、気が重くなる。

ちなみに学院祭では生徒会と協力して舞踏会を開催したり、各々が作った作品を展示したりするという。

この学科に至っては、やることは前世の学園祭に近い。


これらの専攻学科だが、中冬の月に行われる学年度最終試験の結果如何で翌年の専攻学科を変更することも可能だという。


そう言えば……と、シュテーリアは逡巡する。

(フェルキスって何で芸術学科にいるんだ?確か文官学科に進んでたような気が……?変更するんだっけ?…そもそも、なんでそんな事知ってんだ?)


再び疑問に襲われ、目の前で行われている国王からの有難い祝辞すら耳に入らない。

これは宰相の娘としては些か問題ではあるのだが、そんな事すら今のシュテーリアには問題と思えないのだ。

いや、雅にとっては…と言った方が正しいだろう。

フェルキスについて知っている事が多過ぎる。

彼が妹に悟られまいとして腹黒い部分をひた隠しにしているにも関わらず、雅は彼が絶対零度の宰相候補である事を当然として理解している。

だが、理解している事と現実に多少の齟齬が生まれているのも事実だ。


式は進み、疑問が消えないまま軽く上の空でありながらも流れるような所作で美しい淑女の礼を披露し挨拶を述べ、王族への挨拶を終わらせたシュテーリアは再びエアリステ侯爵令嬢に与えられた席に戻る。

隣に座るのはカリアッド侯爵令嬢エルテルとモストン公爵令息サストリーである。

エルテルは、良く言えば大人っぽいが…色味の強い金髪で作られたドリルのような素晴らしい縦ロールが相応しい造形をしており、目に優しくない真紅のドレスを纏っている。

個の主張が、とてつもなく強いのだろう。

彼女の隣に立つ者は何者であっても存在感が薄らぐのではないかと思う程だ。

深紫の瞳をギラつかせながらシュテーリアを見ているが、できれば関わり合いになりたくない。


一方でサストリーと双子の弟であるドミトリーは髪の分け目や泣きぼくろの位置が綺麗な鏡合わせになっており、薄桃の髪は、ふわふわとしていて触り心地が良さそうだ。

深緑の瞳と目が合うと屈託ない笑顔を向けられ、小声で「あとでね!」と言われた。

あとで…とは一体どういうことだ。挨拶か?挨拶しに来いということか?行くけども!!!と内心思ったが下の爵位の者が上の者へ挨拶しに行くのは当然なので、あとで…というのも普通のことか、と納得することにした。

フェルキスの言う子犬の皮を被った狸と狐という評価が気になって、屈託ない笑顔に猜疑心しか無いのだが確かに見た目は子犬のようだ。

もし犬化したらポメラニアンだろう。

身長も他の令息たちより少し小さく思うし、くりくりとした目はこれでもかと言う程に可愛さを強調している。


隣と言っても前世の入学式や全校集会のようにぎゅうぎゅうに詰められる訳でもないので隣までの距離はそこそこあるのだ。

こちらが相手方を向かなければ視線など気にもならない。

シュテーリアは椅子に浅く座り、淑女として見事な姿勢をとる事に専念する。


(ん?そう言えば、あの超合金ドリルどっかで見た事あるな…どこだっけ……ていうか、何であの縦ロールのこと超合金ドリルって思ったのか……)


三度(みたび)、疑問がシュテーリアを支配する。

誰の挨拶も何も耳に入らなくなったシュテーリアの意識が引き戻されたのは長い挨拶や祝辞が全て終わり、一時退出する為のエスコートをしにきたフェルキスに声を掛けられた時だった。


「シュテーリア?どうしたの?」


フェルキスの声にハッと現実に引き戻され、差し出された手をとり立ち上がる。


(やばい。何も聞いてなかった……!)


「いいえ、何でもないわ。お兄様」

「そう?退屈だったのかな?」

「…えぇ、少し」


曖昧な肯定を返して、互いにクスクスと笑って歩けば、周囲の視線は全てエアリステ兄妹に注がれた。

シュテーリアの歩く姿は、芸術的とも言える。

まるで浮いてるのでは?と思えるほどに足音すらせず軽やかなのだ。

ドレスの裾とプラチナブロンドがふわふわと揺れ、「彼女が妖精姫か……」という声が聞こえた方向へと視線を向け儚げな笑顔を作り上げる。

感嘆の溜息が聞こえると同時に不穏な言葉も耳にする。

それはフェルキスに向けられたものだ。


「おい…フェルキス様が笑ってるぞ……」

「あの人の表情筋って生きてたのか……」

「え?フェルキス様が笑って…はっ!この世の終わり?」

「なぁ、レイス。娘の方も執務室に置いておけないか?そしたら、少しは執務室の温度が上がるんじゃ……」


背後から聞こえた最後の発言は確実に第一王子のものだろう。

名前で呼ばれた父が即座に否定している事だろうと思う。


(わかるわぁ…もう少し笑顔で対応しろよって俺も思ってた。無表情キープするの大変だったんだよなぁ…演じ難いったら…………演、じ……え?)


疑問の答えがするりと出た瞬間、シュテーリアは頭痛と強い目眩に襲われ体が揺れ始める。

助けを求めてフェルキスの腕に乗せた手に力を込めれば、フェルキスもシュテーリアの変化に即座に気付いたようだった。

力が込められた手を自身の首に回させ…シュテーリアの体がふわりと浮く。

流れるように、極自然に、まるで当然とも言えるようにフェルキスはシュテーリアを抱き上げる。

所謂、お姫様抱っこである。

騒然とする周囲を見る事も気にする事もなく堂々と、普段よりは足早にシュテーリアの体を気遣いながら会場から出て行く。


フェルキスは会場から出てすぐに声を掛けたが、既にシュテーリアに意識は無い。

耳元にある呼吸音は短く浅い。

最愛の妹が苦しんでいる、その事実がフェルキスを焦らせた。

こんなにも焦るのは階段からシュテーリアが落ち、7日間目を覚まさなかった過去があるからに他ならない。

またシュテーリアが何日も目を覚まさなくなるのでは…

もしかしたら次は永遠に……

そこまで考えて静かに頭を振る。


「すぐに治癒室に連れていくからね」


シュテーリアを腕に抱いたまま会場から最も近い治癒室へと足早に歩を進めた。


ーーーーーーー


治癒室へ近付くと報せを受けていたのであろうミリアムが扉の前に控えている。

フェルキスとシュテーリアの姿を見付け、すぐに扉を開き室内に入るよう促した。


天蓋の付けられた寝台に横たわるシュテーリアの顔色は相変わらず青白い。

治癒魔法を掛けてしまおうか…と考えて、止めた。

今のフェルキスの精神状態では必ず失敗すると分かっているからだ。

治癒魔法は自身の精神状態に大きく影響される為、扱うのが難しいとされている。

失敗して自分だけが何かしらの影響を受けるなら、別に構わない。問題は失敗してシュテーリアにまで影響が及ぶことだ。

その冷静な判断はできるのに、助けなければと思うと焦りのせいで治癒魔法が使えるほど冷静で居られない。

酷くもどかしいものだとフェルキスは思う。

どうしても助けたい者は自分の手では助けられないのだから。


シュテーリアの頬を撫でていると扉の開く音がした。


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