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閑話3:料理長からの宣戦布告 (チェルシュ視点)



今日はシュテーリアが初めて友人を招くということで朝から邸内は慌ただしく動いている。

かく言うチェルシュもそのうちの一人だ。

招くのがあのウィラント商会を取仕切るご令嬢ともなれば失敗など許されるものでは無い。

いや、相手が誰であれ失敗は許されないのだが……


厨房の中、1人調理の工程を進めている時に背後から視線を感じる。

視線の主は料理長のザックだ。

またか…と、露骨に嫌な顔をしてみたがザックには見えていないので存在ごと無視を決め込むことにした。


彼が声を掛けてきたのは一通りの工程を終えた後だ。

邪魔されなかったのは幸いではあるのだが、やはり視線は鬱陶しいものがあったと思う。


「おい、チェルシュ」


30代と思しき強面料理長はチェルシュがシュテーリアの専属侍従になったからと言って不遜な態度を崩すことも無い。

最低でも15は歳が離れたスラム出の子供に丁寧な扱いなどしてやるつもりはないらしい。

だからと言ってチェルシュも同じ態度ではいけない。

いくらザックの作りだす料理が華やかなだけの激マズだろうと何だろうと、この場では《長》の座に就く人物なのだ。


「何でしょう?」

「お嬢様の専属になったからと言って、厨房(ここ)でデカい面できると思うなよ」


エアリステ侯爵家の従僕のくせに実に品が無い…とチェルシュは彼を一瞥する。


「…そのような振舞いをしているつもりはありませんでしたが……まぁ、そうですね。その座に就いていたいのであればお嬢様にご満足頂ける品をご用意して下されば良いのです。そうすれば私もお嬢様のお側に控えていられますから」


惜しげも無く吐き出される嫌味にザックは憤慨するが、今ここでチェルシュの手を止める訳にはいかないと理解しているのだろう。

生意気な口を聞いたことに怒れど、手を上げるようなことはしない。

チェルシュがこの後シュテーリアとクルソワ伯爵令嬢の前に立つことを知っているからだ。

何よりザックとてエアリステに認められた侯爵家の優秀な従僕。

エアリステの名に泥を塗るような事は死んでも許されないのだ。


「そこまで言うなら勝負だクソガキ。イシュツガルの料理ってもんを見せてやる」

「へぇ……」

「俺が勝ったら今後、厨房(ここ)で味がどうのこうのと口を挟むんじゃねーぞ」


チェルシュの片頬がグイと持ち上がり、歪な弧を描いた。


「はっ!そりゃ分かりやすくていいな!!じゃあ、俺が勝ったら四の五の言わずに味のお勉強でもしてもらおうか?」


チェルシュ……いや、柏木隼人という男は生来、売られた喧嘩は全て買うし、必要なら思いのままに喧嘩を売る、そんな男だった。

けして品の無い家に生まれ育った訳ではない。

ただ普通の一般家庭だ。家族仲が悪かったこともない。

ただ思春期特有のものに兄への劣等感が重なっただけのことだと今では思う。


現在のチェルシュと同じ年頃の時には同年代の少年たちと(たむろ)しては、同じような少年たちと殴り合うような…そんな生活を送っていた。

料理の切っ掛けですら、肝の据わった6つ上の兄に「そんなに殴りたきゃ肉でも殴ってろ!!」と蹴り飛ばされたのが始まりだ。

彼が真面目に生活を送るようになったのは17の時に板前を目指していた兄が死んだことが原因だった。

隼人と違い真面目で快活な兄は突然バイク事故で逝ったのだ。

兄の事は嫌いではなかった。

快活で真面目で優秀な兄に劣等感はあったが、憧れてもいたのだ。

そこから兄の影を追い掛けるように隼人も料理の道を進むことを決め、必死に苦手な勉強もしたし、他人と良好な関係を築くために必要な品の良さも身に付けた。

足りない物だらけだったからこそ、ただ必死に努力して有名店のシェフにまでなったのだ。


だからこそ、この世界の料理が許せない。

兄と隼人が目指した料理の世界は香り立つのも美味しいのも美しいのも当然と言われるものだ。

味より香り、香りより盛り付け、などという中途半端なものを高級料理として認める訳にはいかないのだ。


(テメェのクソみてぇなプライド叩き潰してやるよ)


歪な弧を描いた口角を下ろし、前世で染み込ませた品の良い笑みを作り上げる。


「勝負の内容は、どうしますか?料理長……」


纏う雰囲気を豹変させるチェルシュにザックは片方の目尻がピクピクと動く。

チェルシュは濃紺の瞳に明らかな怒りを込めて、たじろぐザックを真っ直ぐに見据えた。


「そう、だな……スープ、メイン、デザートの3品を作りお嬢様に食べて頂くというのはどうだ?」


提案に小さく頷き、笑みを深める。


「良いでしょう」

「日時はお嬢様のご都合の良い日だ」

「わかりました。後日、確認しておきましょう」


厨房から去っていくザックから早々に視線を外し、出来上がったフォンダンショコラを美しく盛り付けていきながらチェルシュは思考する。

判定を下すのはこの世界のシュテーリアの舌ではなく、元日本人の雅の舌である。

味は日本人が好むものに、盛り付けはフレンチに寄せればこの世界に合うものが出来上がるのだ。

分はチェルシュにあると言っていいだろう。


日時の確認は後回しでいい。

まずは報告と何を作れるかの確認からだな……とやる事を決めてフォンダンショコラが盛り付けられた皿をカートに乗せ、厨房の近くにいた侍女に声を掛けた。


「これをお嬢様のお部屋に運んで下さい。すぐに着替えて向かいます」

「わかったわ。ミリアムさんに預けておくわね」


カートを侍女に預け、チェルシュは邸内に与えられた私室へと戻る。


ただ、その背中を見送る人物が居たことにチェルシュは気付いていなかった。

それを後悔するのは翌日の朝になってからだ。

次回更新予定は5月18日0時です。

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