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18話



執務室に訪れると今日はフェルキス1人が出迎えてくれた。


「お兄様、天気も良いことですし中庭で食事にしませんか?」

「中庭にはテーブルは無かったと思うけど…」

「テーブルもカトラリーも必要ありませんわ。以前書物で読んだ新たなピクニックというものをやってみたいの」

「へぇ…新たなピクニックか…それが昨日言っていた試したい事かな?教えてくれる?」

「えぇ、まずは中庭に行きましょう、お兄様」


フェルキスと向かった中庭には生徒は見当たらず静けさを保っている。

色彩豊かな庭園の少し拓けた場所にチェルシュが用意してくれていた敷物を敷き、多少離れてはいるが食堂に集まる生徒の姿を確認してそこに座った。


「自然を同じ目線で楽しみながら食事を摂るのが新たなピクニックだと書いてありましたの。少しお行儀は悪いのかもしれないけれど、チェルシュに頼んで色々と準備してもらいましたわ」


バスケットからティーポットとカップを取り出し、魔法で素早く水を沸かし紅茶を注いでいく。

本来であれば給仕にやらせるものだが、給仕は下がらせている。

撥水性のある紙に包まれたタコスをフェルキスに手渡す。


「お兄様は市井で行われる祭事はご存知?」

「あぁ、行く機会はないけれど知ってはいるよ」

「市井では手に持って食事を行うこともあるのですって。これはチェルシュに聞いたのよ」

「へぇ、チェルシュが…」


愉快そうに紙を捲り、タコスを3分の1程度露わにする。


「こうして取り出して、そのままかぶりつくらしいの」

「確かに少し行儀は悪く見えるかな」


困り顔で笑いながらフェルキスもシュテーリアに習い紙を捲り、かぶりつく。


「……うん。これは食べるのは難しいけど…美味しいね」

「でしょう?チェルシュが考えて作ってくれたのよ!市井では紙に包まれたものは無いらしいのだけれど、こうして紙に包めば乾くことも無いし、ソースが溢れることもないだろうからと言っていたわ」

「彼は物知りだったんだね。シュテーリアに預けて良かったな」

「ふふっ、お兄様ありがとう存じます。もうお兄様に返せませんわ」


口端に付いたソースを拭いながら初めての食べ方をフェルキスは器用にこなしている。

シュテーリアにとっては前世で慣れた食べ方なのだが、流石に大口を開けるのは気が引けたので小さく口に含んでは咀嚼して嚥下を繰り返している。

一口大のモノの方が有難いかも……などと考えていると、動きを止めていたフェルキスの手がシュテーリアの口元に伸び、触れたかと思えば彼はその触れた指先を自身の口に運んだ。


「美味しそうなモノを付けているなぁ、と思ってね」


揶揄(からか)うようにウインクすれば、シュテーリアの顔は(たちま)ちに赤く染まる。

羞恥心から無言の抗議を試みたのだが、フェルキスには効果が無いらしく「そんな愛らしい顔で抗議しても、相手を助長させるだけだと思うよ?」と更に揶揄われることになった。

甘ったるい空気が充満していたのだが、それを払拭したのは「これ…執務しながらでも食べれるな」という執務中毒者特有の発言だった。

聞かなかったことにして、シュテーリアは思案する。


(なんか、こう…上品に優雅に手掴みで食べれるような何かないかなぁ…)


結局思い浮かばなかったので、それを思考の隅に追いやると食事を楽しむことに専念する。

鈴が鳴るように笑い、楽しく食事を終えた頃タイミングを見計らったかのように後ろから声が掛かった。


「まぁ!ピクニックですか!?」

「あら、セレンディーネ様」


モスグリーンの髪を揺らしながら彼女は優雅に、且つ多少の早歩きで近寄ってきた。


「お花に囲まれてお食事だなんて楽しそうで羨ましいですわ…」

「今度はご一緒してくださいませ」

「えぇ、是非!」


セレンディーネが座る場所を空け、カップを取り出し紅茶を注ぐ。


「ランス殿下とユネスティファ様はどうされたのですか?」

「それが…ルル様のご体調が優れないらしくて治癒室に向かわれたのですわ」


あの天真爛漫を地で行くルルネアが体調不良とは…槍でも降るのだろうか?

静かに空を見上げて、そういえば…と思い出す。


「本日は朝からご体調が優れないご様子でしたわ…」

「ルルネア王女殿下が?」

「えぇ、なんというか…溌剌さが無いというか……いえ、朝の挨拶の時に抱き着いて下さったのですが……」

「まぁ…心配だわ」

「殿下がご体調を崩されるのは珍しいからね。…午後の授業では注視してあげて」

「わかりましたわ」


雑談を続ける中で複数人の子息子女が声を掛けてきた。

フェルキスとシュテーリアが何をしているのか気になっていたらしいので新たなピクニックの在り方を教えていくと好感を持つものも居た。

好感を持ったのは下位貴族に多く見られ、とりあえず今回の作戦は成功と言っていいだろう。


午後の始業が近付き、フェルキスに教室へ送って貰い、すぐさまルルネアの姿を探す。

自分に与えられた席に座る彼女の表情は見るからに強張り外部の音は耳に入っていないような状態だ。

声を掛けようとしたタイミングでエルリックが姿を現し、結局声を掛けることは出来なかった。


「皆さん、席に着いて下さい。午後の授業を開始します」


各々が席に着いてエルリックに視線を向ける。


「午後は教科書などは使いませんので机の上には何も置かなくて結構ですよ」


机の上にあった物をしまう。

エルリックは、それを確認しサストリーを見た。


「まずは既に基礎魔法を使える方々に見せて頂きます。サストリー・モストン、貴方には水元素魔法を見せて貰いましょう」


サストリーは返事をし、右の掌を上に向ける。

瞬時に掌から水が溢れるが、それが零れることはなく浮き上がり一塊になる。

出来上がったのは水でできた球状の物体だ。


「素晴らしい。水を出すだけではなく形状を固定できるとは才をお持ちですね。ありがとう」


サストリーが座り、次に当てられたのはシュテーリアだ。


「君には火元素魔法を見せて貰いましょう」


要望に頷き立ち上がりサストリーと同じように右の掌を上に向ける。

ふとルルネアが気になり彼女に視線を向ければ、こちらを向いている彼女の表情は先程よりも強張り、顔色も悪い。


後悔先に立たず、とは真実である。

小さな火を掌の上に灯した時だった。


「ぃ…ぃゃ……あ、あああああああぁぁぁ」


叫び声と共にルルネアの魔力が膨れ上がり、シュテーリアの魔力に干渉していく。

灯した小さな火を増幅させ、その小さな火は炎となって教室中に渦を巻き始め、教室は生徒たちの叫び声で埋め尽くされた。


「……っ!」

「「ルル!!!」」

「きゃああああああ」

「リア!火を消しなさい!」


火種となった小さな火を握りしめて目を瞑り、ルルネアの魔力に同調し炎を抑えていく。

他人の魔力に干渉や同調することは、とても難しく集中を解けばルルネアとシュテーリア双方に被害が及ぶ可能性もあった。

エルリックは足早にシュテーリアとルルネアに駆け寄り、握られた右手と震える肩に触れた。


エルリックがシュテーリアとルルネア双方の魔力に同調しコントロールしてくれたことで炎はすぐに消えることになった。

教室が煤すら付いていないのは防護結界が張られているからだろう。


「ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい……」


ルルネアの桜色の瞳が歪み、ボロボロと涙が零れていく。

何度も謝罪の言葉を繰り返すルルネアをバディウスが抱き締め、ハルニッツはシュテーリアとクラスメイト達に頭を下げた。


「すまない…ルルは……」

「宜しいのですわ。無理に仰らなくても」

「いや、だが……」

「ルル様は火元素のお力が強いのですね。ヒスパニア先生に手伝って頂かなくては、こんなに早く抑えられませんでしたわ」

「…あぁ」

「生徒に被害が無かったのですもの。それはルル様が他の生徒を慮っていた証拠ではありませんか」

「シュテーリア嬢、君は…」

「あら?わたくしも怪我などありませんわ。それに王族が簡単に頭を下げてはなりませんわ、ハルニッツ殿下」


目を三日月にし、ふわりと笑みを浮かべてルルネアに顔を向ける。


「ルル様は朝からご体調が優れないご様子でしたもの。このような事故は些事ですわ」

「体調が優れなかったのであれば致し方ありませんね。すぐに城に連絡しましょう。ルルネア王女殿下、この通りシュテーリアも生徒たちも怪我などしていません。今は貴女の体調と尊き御心を休ませることが最優先でしょう」

「……はい。申し訳ありません…」

「ハルニッツ殿下、バディウス殿下もルルネア王女殿下と共に居てあげて下さいませ」

「あぁ、すまない」


エルリックは光属性魔法で小鳥を2羽出すと今起きた事柄を告げ1羽は城へ、1羽はフリオの元に飛ばす。


「さぁ、まずは治癒室へ」


そうエルリックに告げられ、2人の王子が付き添う形でルルネアは教室を後にした。


「席を外しますので皆さんはここで待つように。代わりの教師が来るので騒いでは行けませんよ。シュテーリア・エアリステ、君は私と共に学院長の元に行きます。いいですね?」

「はい」


教室を出て少し歩いたところでエルリックが立ち止まり振り返る。


「リア、右手を出しなさい」

「……」


モノクルの奥にある竜胆色の瞳がシュテーリアの右手を捉えている。

痛みがないとは言わない。

どちらかと言えば、ものすごく痛い。

そして、熱い。

握り締めていた右手をゆっくりと開けていけば、赤黒く爛れた掌が露わになる。


「よく我慢したね。あそこで君が怪我をしたとなればルルネア王女殿下はより一層心に傷を負っただろう」

「……はい」

「さぁ、右手を貸して」

「叔父様、わたくし…ちゃんと笑えていたかしら」


右手を差し出しながら問えば、エルリックは自身の手を翳しながら優しく笑んだ。


「あぁ、いつも通りの淑やかで美しい笑みだったよ。まるで姉さんのようだった」


治っていく右手を見つめ、目を伏せる。


「良かったわ。少し…怖かったの。あんな風に他者に干渉されるのは初めてだったから」

「そうだね。他者に干渉された魔力を抑える方法までは教えていなかった…それでもよくやれたよ」

「これが無属元素を持っている者にしか出来ないことなのね」

「そう。そして、ルルネア王女殿下も無属魔法が強いのだろうね」

「そうなの?」

「あぁ。他者の魔力に干渉することも無属元素魔法が使えなければ出来ないことだ。そして、無属元素の資質が高く元の魔力が多いリアに干渉できたということはルルネア王女殿下がリアと同等かそれ以上の資質を保持しているのと同義だ。それと…」

「…?」

「リアとルルネア王女殿下には何かしらの強い繋がりがあって、性質事態が近く干渉しやすい状態にあるのかもしれない。だから触れずに干渉できた、と……」


繋がりと言われて思い浮かぶのは前国王と祖母が兄妹であり、遠くとも血縁関係という部分だろうか…

だが、違和感を覚える。

触れることも無くシュテーリアの魔力に干渉したルルネアと、干渉する為にシュテーリアに歩み寄ってきたエルリックの違いは何なのか、と。

叔父であるエルリックでさえ、触れなくてはシュテーリアの魔力には干渉できないのだ。

考えても答えが出る事はなく、シュテーリアは緩く首を振った。


「詳しい話は学院長室に着いてからにしようか」

「はい」

「じゃあ、少し失礼するよ」


返答をするよりも早くシュテーリアはエルリックに抱き上げられる。

所謂、お姫様抱っこだ。


「転移するからしがみついておくんだよ」


そう言われ、声を上げる暇も無いままエルリックの首に腕を回すように抱きついた。

途端に空間が歪み、軽く眩暈のような感覚に襲われ強く目を閉じる。





次回更新予定日は5月9日0時です。

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