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1話


あれからの日々は本当に怒涛だった……と今では懐かしく思う。


雅としての記憶を持ちながら、シュテーリアとしての記憶も思い出し、記憶が混在するという状態で日々をやり過ごしてきた。

とは言え、シュテーリアの記憶を思い出せたのは有難いことこの上ない。

7歳の幼女で、しかも貴族令嬢を演じる経験など無かったのだから当然のことだ。

歴史や経済、語学、貴族としてのマナー、お貴族様的な会話術、謎の魔法レッスン、理解不能なお妃教育…と、覚えなければならないことは山ほどあったが何とかこの3年間を過ごした。

そして、今日からは貴族の子供が通うシュティエール学院に通うことになる。


豪華に飾られた鏡を前にミリアムの手で外行きの姿に整えて貰う。

鏡に映るのは…真珠のように白く透明感のある肌、美しく荘厳な白みを帯びたプラチナブロンドは緩いウェーブを描き彼女の小ぶりな臀部を隠す。唇は白桃色で艶めき、愛らしい仔猫のようなパッチリとしたつり気味の目から覗く双眸は麗らかに澄んだ春の空のように燦然と輝いている。

素顔のままでも十二分に麗しく美少女と言っても過言ではないが、そこにプロ顔負けの手腕を持つミリアムのメイク術が施されるのだから当然、美少女力が上がっている。

この造形美には未だ慣れなず鏡を見る度に息を飲む。


何よりシュテーリアは発育が良い。

スラリと伸びる手足に無駄はなく、平均的な身長に対して豊満と言って過言ではない膨らみは女性特有の曲線美を描き出している


最後に…と、ハーフアップにされたプラチナブロンドに青い薔薇の形をしたブルーダイヤの髪飾りをつける。

前世に存在していた妹が持っていたゲームのキャラクターのようだな、と思う。


(あれ…なんのゲームだっけ……俺もやらされた気がするんだけど……)


頭の中でゲームのタイトルを思い出そうと記憶の引き出しを開けていくが、思い出せそうには無かった。


「ありがとう、ミリアム」


一言声を掛ければ、少女から女性へと成長したミリアムは口許に手をやり緩やかに首を振った。


「お嬢様は素が良いのですもの!さぁ、皆様がお待ちですよ」


ミリアムの手を取り立ち上がったところでコンコンと扉が叩かれた。


「どうぞお入りになって」


開けられた扉から現れたのは2つ上の兄、フェルキスだ。


「おはよう、シュテーリア。今日は一段と美しいね」


襟足だけを伸ばしたプラチナブロンドは荘厳な滝の如く長く、春空色のリボンで1本に結ばれており、前世の12歳の少年たちと比べて明らかに高い身長は、より一層彼の麗しさを醸し出すに相応しいと思える。

切れ長の目から淡い翠眼を覗かせ、彼は目の形を三日月に変える。

顔立ちは精悍で麗しい父レイスを幼くした感じだ。


フェルキスは毛足の長い絨毯で足音を消しながら、シュテーリアの前に跪き手を取ると流れるような所作で右手の甲に軽く口付けを落とす。


「君に愛しい人が出来るまでは、エスコート役は僕が務めるよ」


そう言って立ち上がるフェルキスは、これぞ貴族!これぞ貴公子!これぞイケメン!!と言える程に見栄え良くウインクをしてみせた。

ただ、忘れてはいけない。彼は、この国の宰相の息子であり、次期宰相候補。

穏やかそうな口調であっても、中身も…とは限らないのだ。

父親に似て家族以外には絶対零度の冷酷な次期宰相候補様だ。


(いや、ウインクされてもシュテーリアの中身…俺だしね……)


その通り。喋り口調も語り口調も御貴族様らしく話してはいるがシュテーリアの中身は、至って健全な18歳男子である。

一人称に「俺」を使いたい程度には。

これが本来のシュテーリア、及び健全な女性であれば歯の浮くような台詞の羅列に卒倒する程の喜びがあったのかもしれない。


どちらかと言えばお前に転生したかったよ。

などと心の中で呟きながらも笑みを崩すような愚かな事はしない。

別に今世の家族を悲しませるようなことはしたくないのだから当然だ。


「お兄様、わたくしのエスコートよりもお兄様こそお相手を決め、その方のエスコートをするべきですわ」


貴族の淑女たるもの、どのような紳士にも冷静に優雅に対応しなさい、と母であるフェリシアには口酸っぱく言い聞かされている。

今では脳内に浮かび上がる言葉でさえも、お嬢様言葉だ。


「ですが…ありがとう存じます、お兄様。心強いです」


恥じらうように俯けば、フローラルなコロンの香りが近付き、右手の甲に触れたものと同じものがシュテーリアの髪に触れ、直後に溜息が降る。


「こんなに愛らしいレディーが側にいるんだ。婚約者に求めるものが大きくなって当然だろう。母上のような品と寛容さと賢さ、そしてシュテーリアの愛らしさを求めて何が悪いのかな……」


眉尻を下げて憂いの表情を作り出すフェルキスは、それはもう美少年と言って間違いない。


(本物のイケメンは、これだから…!)


雅の部分があるシュテーリアには、男としてどうしても目の前のこの美少年に負けたくないと思う心が芽生えてしまうのだが、それは心の奥底に閉まっておく。


「さぁ、シュテーリア。まずは朝食の席までエスコートしよう。これは入学式の練習でもあるからね」


フェルキスの腕に手を乗せ、淑女然とした足取りで両親、そして弟のミコルトの元へ歩き出した。



ーーーーーーー



両親や従者達に美しいだの、妖精だの、愛らしいだの、麗しいだのと持て囃された朝食も終わり、レースを何重にもして作られたふわふわとしていて重さの感じられないパステルブルーのプリンセスラインのドレスに着替えたあと、シュテーリアはフェルキスと共に馬車に乗り、学院へ向かう。

目付け役にはミリアムが同乗した。

入学式と模擬社交会で違うドレスを着る為、侍女を伴うのは当然なのだが、貴族というのは兄妹であっても男女で密室にはいられないらしい。

なんとも面倒な決まり事だと思う。


それにしても、人生初のコルセットを着用したが…あれは最早地獄だと思った。

締めるほど肉なんて付いてないだろ!アホか!と心の中で毒吐きながらもミリアムによってギリギリと締められ続けたのだ。

食べた朝食が全部出てくるかと思ったが、それはすんでのところで回避できた。


馬車に揺られ、フェルキスから手渡された書類を見ながら入学式についての注意事項などを聞いていく。


(入学式って、こんなんだっけ?)


どうやらシュティエール学院の入学式は、前世の記憶にある入学式とは違ったもののようで

国王陛下からの祝辞と挨拶、教皇様からの祝辞、学院長及び先生方からの挨拶、新入生と在校生のみで行われる顔合わせと言う名の模擬社交会……と何やら色々とあるようだ。

ダンスは、エスコート役とのファーストダンスから始まり、次があるかは男性からのお誘いがあるかどうかに掛かっている…とのこと。


「イシュツガル王国では婚約は学院への入学以降という決まりがあるのは知っているね?それもあってシュテーリアには確実に複数の方からお誘いがあるだろう。シュテーリアの愛らしさから見ても当然ではあるけど何より家格で寄ってくる羽虫も多い」


彼から見れば愛しい妹に寄ってくる男は家格に関わらず羽虫らしい。

それでいいのか宰相候補…


「あぁ、シュテーリアに相応しくない羽虫は叩き落としておくから安心して」

「…………はい」


驚く程に造形の整った笑顔を向けられるが明らかに目が笑っていない。

是の返事を返せば、フェルキスは満足気に小さく頷き、続きを話し始める。


「複数人から同時にお誘いがきた場合、誰よりも優先すべきは王族だ。今現在、貴族学院に通われている王族は正妃様の子である4年生の第一王子ランス王太子殿下、彼が最も優先順位が高い。今回は第二側妃様の娘であるルルネア王女殿下も入学される為、そちらのエスコート役として参加されることになっている。が、既に婚約者のおられる身でもある。お相手はエアリステと同じ家格のキース侯爵令嬢だ。近衛騎士団長のご息女ユネスティファ様だよ。お誘いがあった場合は、失礼のないようにね。ただ、ランス殿下は同母弟の第二王子を優先させるはずだから、そうなれば第二王子を優先してね?」


第一王子ランスと婚約者のユネスティファの仲が良いのは王国中が知っている事で3年後の二人の婚約式を待ち侘びている者も多い。

ちなみにランスは現在4年生、ユネスティファは5年生だ。

ランスの卒業式が終わったら晴れて婚約式を行い、翌年に結婚式が執り行われるらしい。

2人はバレバレなお忍びデートを繰り返していて側近候補でもあるフェルキスは度々困らされている。

次にお忍びデートをした時には王子と言えど椅子に縛り付けるくらいはやりそうだ。

縄なら良い。縄抜けのやり方くらい王子なら知っているはずだ。

問題は魔法を使うことだと思う。流石に王族に対して拘束魔法を使うのは側近とはいえ憚られるものがある。

だが…フェルキスはやるだろう。それも清々しい笑顔を携えて。

妹至上主義の兄は例え王族でも一縷の優しさも与えない……そういう男なのだ。


(それにしても、家族以外の人間とやり取りしてるフェルキスなんて見た事ないのに何でこんなに詳しく知ってんのかな?)


フェルキスは、いつ何時もシュテーリアの前では紳士だった。シュテーリアは彼の冷淡な姿など知る由もないはずなのだ。

おそらく抜けている記憶があるのだろうと思う。

それがシュテーリアの物なのか、雅の物なのかは分からないが浮かんだ疑問の答えを探したところで、その答えを得られることはなくフェルキスの形の良い目を見詰める。

少しつり気味の目が三日月形に変わり、クスクスと笑う声が聞こえた。


「そんなに見詰められると妹とはいえ照れてしまうな。さぁ、シュテーリア。あまり時間はないからね、続きを話そう」


ハッとして崩れ掛けていた姿勢を整え、フェルキスを見据える。


「ごめんなさい、お兄様。続きをお願いします」

「うん。では、続けるね。確実にお誘いがあるのはルルネア様と同い年でシュテーリアと同級生になる正妃様の第二子である第二王子ハルニッツ殿下と第一側妃様の子で第三王子のバディウス殿下だ。優先順位は分かるね?」

「お2人からお誘いがあった場合、ハルニッツ様を優先すべきなのですね」

「あぁ、その通りだ。ここで注意しておきたいことがある……これは、口外することは慎むように」


小さく首を縦に降ると、フェルキスは翠眼を眇める。


「第一側妃様はバディウス殿下を次期国王にと考えているらしい。ここで問題になるのは婚約者の家格。おそらく何としても侯爵家以上から婚約者を選ぼうとするだろう。現在、公爵家に適した息女が居ないことを考えると候補筆頭は同い年でもあるシュテーリアとカリアッド侯爵令嬢のエルテル嬢だ。争いに巻き込まれないことが僕にとっては最も好ましい。まだ、愛しい君に羽虫を付ける気は無いからね。目を付けられないように…とは言え、お断りすることは難しいだろう。お相手を務める以上は気を付けておいて」

「はい」


既に宰相を務めるお父様の手伝いをしているだけあって、お兄様は色々な部分を見ていらっしゃるのね…と、羽虫の部分は聞かなかったことにして関心しながら徐々に近付く学院とその後の生活のことを考える。

婚約者…中身が男なのに男の婚約者って……そりゃないよ……いくらイケメン相手でも無理があるよ……

雅の部分が叫ぶものの現実は貴族の令嬢で、爵位も高い。

エアリステ家の上には公爵家と王族しかいないのだから仕方ないことではあるのだが…

確実に婚約者をこの学園生活の中で見つけなければならないのだ。

それも、国内一優秀な父と妹至上主義な兄弟と美しいものを好む母が認める家格に見合った最早存在するのかも疑わしい人物を……


(憂鬱すぎる学生生活だ……)


フェルキスにいくつかの注意点と度々挟まれる美しい青薔薇に近付く羽虫に対する駆除方法を聞きながら時間を過ごし、馬車はついに学院に到着した。


デカい。余りにデカい。ここは、城か?迷子になりそう。

それが第一の感想だった。


午前5時まで1時間毎に投稿される予定です。

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