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閑話2:フェルキスとチェルシュの出会い (フェルキス視点)



シュテーリアの入学まで1ヶ月を切った頃、フェルキスは城下町にある宿にいた。

貴族が泊まるような宿ではないが、清潔感は保たれているようだ。

フェルキスが泊まる部屋は路地裏を眺められる一室であり、彼の目的のモノはその路地裏にある。


3年前のシュテーリア7歳の誕生日に起きた事故、7日後に目覚めた愛しい妹は一見事故前と何も変わらない可憐な少女だった。

それでもフェルキスは気付いたのだ。

シュテーリアの、愛しい妹の異変に。

両親やミコルト、侍従たちが気付いているかは分からないが目覚める前と後ではっきりと違う部分がある。

まずは、フェルキスとミコルト、そしてエルリックの呼び方だ。

今のシュテーリアは《お兄様》《ミコルト》《叔父様》と呼ぶが、以前のシュテーリアであれば《フェル兄様》《ミコ》《エリー叔父様》と呼んでいたのだ。

そして、フェルキスもシュテーリアのことを《リア》と呼んでいた。

そこに違和感を持たないシュテーリアは確実にフェルキスの知るシュテーリアではないのだ。


そして、異変はシュテーリア自身の性格にも現れている。

以前のシュテーリアは純真、可憐、清純といった言葉が当てはまる程に青薔薇の妖精姫らしく在った。

愚かな振る舞いは無いにしろ、決して表に立たず両親やフェルキスの後ろに隠れているような少女だった。

エアリステ侯爵家に在りながら無垢な存在は奇跡的だと言われた、それが《青薔薇の妖精姫》の正しい由縁なのだから。

エアリステ侯爵令嬢としては物足りない、だが決して他の令嬢に劣ることはない…魔力量が豊富であっても、教養が身に付いていたとしてもフェルキスから見たシュテーリアという存在は、その程度だったのだ。

国の為、エアリステ侯爵家の為であれば即座に切り捨てられる程度の愛しい妹、それがシュテーリアだった。

可愛い可愛い無垢な妹は、それに気付いていなかったはずだ。

だが、目覚めた後のシュテーリアというと……

妃教育も難無く熟し、社交界の花と呼ばれた母に似た言動・立ち振る舞いを自分のものとして吸収していったのだ。

そこに無垢なシュテーリアの姿は無く、エアリステ侯爵令嬢に相応しい存在感を放っていた。


アレは、本当にシュテーリアなのか。


疑問には思うがフェルキスにとっては嬉しい誤算である。

切り捨てられる程度の愛しい妹から、切り捨てることが惜しい愛しい妹に変わったのだから当然のことだ。

自分が手駒として使うのではなく、自分の隣に立ち共に国と家を支えるに相応しい人物が手中に収まったのは何とも言い難く嬉しいものだった。

例えこの先ミコルトの教育に失敗したとしても代わりがあるのだから。


とは言え、今のシュテーリアに従う者がミリアムだけと言うのは如何ともし難い。

有能な者には有能な従僕が必要だ。

それも、エアリステに従う者ではなくシュテーリア本人にだけ従う者でなくてはならない。

いや、シュテーリア本人だけではない…

フェルキスとシュテーリアに絶対的に服従する者が必要なのだ。

祖父と父にとってのステヴァンのような……自分達の為に簡単に命を差し出せる者が。

貴族出身の者では、いざと言う時に逃げ出す恐れがある。

帰る場所のない身分の低い圧倒的な弱者が好ましい。

ソレがいる場所……


フェルキスはカーテンの隙間から覗く路地裏に目を凝らし、3人の少年を視界に捉えた。

見窄らしい少年達は各々獲物を待っているように見える。

10歳程度の少年が1人、14~5歳程度の少年が2人だ。

幼い少年は自由に身動きが取れない程に衰弱しているように見える。


(あれでは使えないな)


年嵩の少年達はというと2人で1人の男性を捕え、金品を奪っている。


(教育で何とかなる人物でなくてはね…アレらは駄目かな)


底冷えするような輝きを湛えた翠眼で少年たちを見下ろしながらフェルキスはシュテーリアに合う者を見繕う。


ふと視界の端にもう1つの存在を捉え、そちらに視線を移す。

濃紺の髪の少年が2人の少年に近付いているのを確認した。

薄汚い服ではあるが、男性から金品を強奪している少年たちに比べれば幾分か清潔さはあるだろう。

濃紺の髪の少年は静かに忍び寄り、少年たちの首を後ろから切り裂いた。


(見事だね。合格だよ)

「ベル、あの少年が欲しい。後を追え」


姿の見えない影と呼ばれる者に声を掛け、フェルキスは静かに部屋を出る。

向かう場所は濃紺の髪の少年がいる場所だ。



ーーーーーーーー



フェルキスはベルからの報告を受け、路地裏のある場所に1人立っている。

ここまで来る間に襲ってきた者たちは全て自身とベルの2人で始末し、今は1人だ。

襲ってきた者の中には戦闘に慣れている者もいた。

改革派の者から暗殺者を向けられるのは常日頃で、フェルキスにとって始末する者が多少増えようと些末なことだった。


近付いてきていた足音が不意に止まる。

目的のモノが漸く手に入ると思えば自然と笑みが零れた。


「おい、良いとこのガキがこんなとこで何してんだ」


『ガキ』と彼は言うが平均より高い身長を持つフェルキスと栄養が足りず小柄な彼とでは大きな体格差はない。

濃紺の髪の隙間から見える同色の瞳は飢えた獣宛らの輝きを放っている。

良い瞳だ、とフェルキスは表情を消した。


「聞いてんのか?金目のもんを渡してくれるなら大通りまで連れてってやってもいいぜ」

「必要ないよ」

「あぁ?ここがどこか分かってんのかよ、お坊ちゃん」


露骨に不機嫌な視線を向けた少年はフェルキスに腕を伸ばす……が、その手をフェルキスは難無く奪い、一呼吸の間に地面に叩き付ける。


「ねぇ、あんな小さなナイフでよく首を切れたね?素晴らしい腕前だと思うよ」


叩き付けられた事で噎せる少年に賛辞を送り、フェルキスは尚も続ける。


「その腕があれば、こんな見窄らしい場所で生きなくても済むだろ?」

「はなっ…せ……ゴホッ、俺は……」

「僕の下で働く気は無いか?」

「……は?」


少年の瞳がゆらゆらと揺れる。


「いや、正確には僕の妹の下で…だ。可憐な妹の為にその命を賭けると誓えるなら今の日常から連れ出してあげよう」


少年は酸素が足りず上手く回らない頭で思考し、1つの結論を出した。


「ここから出られるなら…」

「ふふっ、良い判断だね」


話を受けなければ始末するつもりだった。

おそらくこの少年は、それも推察したのだろう。

本当に優秀な手駒だ……そうフェルキスは思う。


押さえ付けていた手を離し、少年を立ち上がらせる。


「名前は?」

「……ない」

「そう…じゃあ、今日から君はチェルシュだ」

「……はい」

「ベル、チェルシュの教育はお前に任せるよ。1ヶ月で使えるようにして」


陰の濃い場所からゆらりと長身の青年が現れる。

目深く被ったフードと口許を隠すマスクを付けていて、どのような人物であるかは判断出来ないが恭しく礼をとる青年にフェルキスは口元にだけ笑みを作り出す。


「さぁ、帰ろうか。今日から君の家となる場所に……」



ーーーーーーーーーーーーーー



チェルシュを拾ってから約1ヶ月。

彼は順調に育ち、シュテーリアに会わせても問題ないと判断した。


厨房で翌日の準備を整えるチェルシュの背に話かける。


「やぁ、チェルシュ。君のお姫様はどうだった?」


見窄らしい少年だった彼は清潔な衣服を纏い従僕然とした立ち振る舞いを見せ、礼をとる。


「大変お美しい方でした」

「護ってもらえるかな?」

「必ず」

「あぁ、蝶よ花よと愛でることは許しても愛することは許さないよ」

「なっ…!」

「それじゃあ、明日の昼食は楽しみにしているよ。シュテーリアの手作りじゃないのは残念だけどね」


チェルシュに背を向け父の書斎に向かう。


あぁ、本当に良い拾い物だった……

アレは必ず良い手駒になる。

シュテーリアにとっても、僕にとっても……





次回更新予定日は5月8日0時です。

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