15話
とりあえずの結末に納得がいったのかエルテルとノーレが去ったあと、隠れながら肩を震わせていた2人が出てくる。
「ランス殿下、お兄様…かくれんぼは終わりですか?」
「バレているのだから隠れていても意味が無いだろう。それにしてもテストで勝負とは面白いことになったな」
「シュテーリアがカリアッド侯爵令嬢に敗れるなど万が一にもないでしょうし、面白味も半減しますが」
「なるほどなぁ…面白くする為に必要なものか……」
ニヤニヤと思考を巡らせるランスに良い予感は全くしないのだが、フェルキスもそれを止めるつもりはないようだ。
フェルキスも勝負自体には賛成なのだろう。
「そういえば、シュテーリアの授業が終わるのに合わせて執務室に戻る予定だったんだけど、中庭にいるということは早く終わったのかな?」
「はい。年間目標を設定して終わりだったのです」
「あぁ、1年の時は年間目標をたてるんだったか。それで、シュテーリア嬢はどんな目標を?」
「領地における収益増加に向けての農産物の品質向上と品種改良への着手、ですわ」
それを聞いたランスは不思議そうにシュテーリアを見る。
「ん?勉強面に関する目標じゃないのか?」
「思い浮かばず、わたくしが個人的に着手したいと思っているものを目標にしたのです。ヒスパニア先生には満足いただけたようですわ」
「そうか…で、ちなみにルルは……」
「刺繍の最中に指に針を刺さないようになること、です」
真顔で感情なく答えるシュテーリアとランスから目を逸らすフェルキス、そしてランスは天を仰いだ。
「我が妹はそれで大丈夫なのか……」
哀愁漂うランスを連れ、1度執務室に戻ったあと馬車へ向かった。
フェルキスと2人きりになりシュテーリアは「試したいことがある」と提案をする。
それは、フェルキスが昼食を食べやすいように考えたシュテーリアの手作り弁当である。
「お兄様に食べて頂きたいのだもの…」と儚げに言えば、フェルキスは顔を綻ばせ了承した。
「その試したい事っていうのは、どんな事なのかな?」
「ふふっ、まだ詳しいことは内緒ですわ!今までとは少々趣の違う昼食……でしょうか」
「へぇ…シュテーリアは、よくそんなものが思い浮かぶね!今日の昼食も美味しかったし、楽しみにしているね」
弧を描いたフェルキスの口角は、彼の機嫌の良さを伝えてくるものだった。
「それで…」とシュテーリアは続ける。
「できれば今から寄り道をさせていただきたいの」
「何処に行きたいのかな?」
「ウィラント商会の食品を扱うお店ですわ」
「クルソワ家の商会か」
壁を叩いてテトに合図を送り行先を告げれば、馬車はウィラント商会へ向かい進み出す。
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赤煉瓦の壁が特徴的なその店には所狭しと野菜や果物が陳列されていた。
明日のお弁当は何にしようかと悩みながら、それらを1つ1つ見て鮮度を確認していく。
前世に劣れども今世の最上級の品質を持つそれらは瑞々しく潤いを持っているようだ。
流石セレンディーネが関わる商会なだけある。
シュテーリアの前世の両親は共働きで、両親ともに医師だった。
幼い頃は自分も医師になるのだと思っていたが、父には好きな事をしろと言われていたし、母は雅と菜々子の好きな事を見付けるのに協力的だった。
最初に興味を持ったのは習い事にしていたピアノ、次に母が連れていってくれた演劇に感動し、キラキラと輝く世界に憧れ、雅の目指すものは決まった。
そんな中、子供の為に色々なものを与えてくれる両親に何かを返したくて結婚記念日に菜々子と2人でホワイトシチューを作ることにした。
振舞った時の両親の喜びようは今でも記憶に残っている。
それを機に料理にもハマり、菜々子の可愛いお願いからお菓子やパンにも手を出していった。
おかげで中学に上がる頃には両親の弁当、自分や菜々子の遠足や部活で必要な弁当は雅の手作りだった。
高校に上がる頃には見栄えも栄養価も良いものが作れるようになっていたし、菜々子は友人たちに兄の手作り弁当を自慢して回っていたらしい。
面映ゆく感じたが嬉しかったのも事実だ。
話は多少逸れたが、お弁当やピクニックの在り方の変更というのがシュテーリアの試したいことの1つだ。
シュティエール学院には、整えられた美しい庭園があるのだ。
中庭、裏庭と様々な場所が美しい花々で彩られている学院はお弁当を楽しむにはうってつけの環境なのだが、ベンチはあれどもテーブルはない。
この世界のピクニックと言えば簡易テーブルセットやカトラリーを持参し、食事を楽しむものなのだ。
もっと楽に食事を楽しめてもいいのではないか、とシュテーリアは考えた。
食堂にもテラスがあるとはいえ、それとこれとは別物だとシュテーリアは思う。
前世でいうジャンクフードのように、テーブルやカトラリーが無くても、そのままかぶりついて食べられるものがこの世界で受け入れられるのか試したいのだ。
それでフェルキスをモニターにしようと言うのだからシュテーリアも随分と肝が座っている。
色々と見て回れば、調味料や香辛料なども揃っているようだった。
ふわりと懐かしい甘い香りが鼻腔を擽る。
誘われるようにそちらへ向かうと、バニラビーンズと思われるものがあった。
どうやら他のものよりも貴重品らしく、そこそこ値段が張る。
周りには蜂蜜やお菓子作りに使えそうなものが多く取り揃えられていた。
「お兄様、この一角のものを我が家の厨房に揃えることはできるかしら」
「あぁ、セレンディーネ様に振る舞うお菓子に必要なんだね?」
「えぇ…でも、少々値が……」
「ふふっ、これくらい問題ないよ。他に必要なものはあるか見ておいて」
そう言ってフェルキスは店の奥に姿を消す。
おそらく店を切り盛りしている人物を呼びに行ったのだろう。
ミリアムが側に控える中、セレンディーネから貰ったメモで確認しながら必要なものを次々と決めていく。
呼び出された男性は恐縮しきりだったが、欲しい物を伝えると量が量なのでフェルキスとの交渉に入るようだった。
「左隣の建物では肉類を扱っておりますので必要でございましたら、すぐに店の者に案内させましょう」
「あら、お願いするわ」
「では……」
「お待ちになって。わたくしが案内しますわ」
奥から姿を見せたのはセレンディーネだ。
モスグリーンの髪を一纏めにし、動きやすいように庶民の服を纏った姿は貴族というよりは大店の娘といった風貌になっている。
「フェルキス様とシュテーリア様がいらしてると聞いて驚きましたわ」
「あぁ、すまない」
「いいえ、商談の席には引き続きこちらのシオンが着きますわ。シュテーリア様の案内はわたくしにお任せ下さいませ、フェルキス様」
「それは心強い。宜しく頼むよ」
フェルキスとシオンの姿が見えなくなってからシュテーリアはミリアムを連れてセレンディーネについて行く。
精肉店は山吹色の煉瓦で作られた店だ。
鶏肉、豚肉、牛肉の他に鴨肉や羊肉なども扱っているようだ。
「次は何を作る予定ですか?」
「お弁当にできるものを考えていますの。あんなに美しい庭園があるのに勿体ないとは思いませんか?」
「確かにあの中での食事はより美味しく感じそうですわ」
「お兄様は執務室に篭ってばかりだと聞きましたし、それならカトラリーが無くてもパッと食べれるものをと思いましたの」
セレンディーネはシュテーリアに僅かに顔を寄せて囁くように問う。
「例えば?」
「タコスやバーガー、サンドイッチ……サラダ系のクレープでしょうか」
「なるほど、そこら辺ならできそうですね」
「本当はおにぎりが恋しいのだけど……」
「現段階でのおにぎりは難しいかもしれませんね。1番品質の良い物でもお米のみで味わうには甘みが足りないので」
「そうですよね……」
非常に残念である。
米が主食の文化で生きていたシュテーリアにおいて米の品質向上は急務と言える。
パスタもパンも好きだが、米は格別なのだ。
「ですが、わたくしの営むカフェでは定食も扱っておりますし、お米が恋しいのであれば是非御来店くださいませ」
「まぁ!行きたいわ!!」
「いつでもご来店下さいませ」
とりあえず、と買う物を決めてセレンディーネの心遣いによって商品はすぐに配達をしてもらえることになった。
「セレンディーネ様、明日もお弁当をご用意致しますのでランチを共にしませんか?」
「まぁ!嬉しいわ!でも、お誘いは有難いのだけれど明日はランス殿下とユネスティファ様との約束がありますの…シュテーリア様のお弁当が食べられないのは残念ですわ…」
「それは仕方ありませんわね。また後日お誘いしても宜しいでしょうか」
「えぇ、その時は是非」
セレンディーネとの会話が終わる頃を見計らったのかフェルキスが現れ、軽く別れの挨拶をして家路に着いた。
ロビーに足を踏み入れると家令のステヴァンが礼をとる。
「お帰りなさいませ、フェルキス様シュテーリア様。既にご注文されていた食品が届いておりますよ」
「ただい…えっ、もう届いたの?」
「はい。ウィラント商会には優秀な魔術師がいらっしゃいますからね。荷物の配送は王都内であれば転移魔法で一瞬で済んでしまいますよ」
「そうだったのね…」
「侍従たちが片付けておりますので、お着替えが済みましたら確認をお願い致します」
「わかったわ」
着替えを済ませミリアムと2人で保管庫に向かい、山積みになった食材や調味料・香辛料を見て、やはり疑問に思う。
何故これだけ調味料や香辛料などが揃っていて、この世界の料理は美味しくないのかと。
全ての料理人が、とは言わずとも研究を重ねる料理人が数人は居ても良いはずなのだ。
ゲームの世界が基本であるが故なのか見た目はとても美しいと思えるのだから、味も相応であるべきなのに……と眉を顰めた。
ミリアムに手伝ってもらい明日の昼食用の食材を厨房へと運ぶ。
厨房では、晩餐の準備がされており料理人たちが所狭しと動いていた。
その中で1人、年若い少年がナイフ片手に黙々とジャガイモ擬きであるポルンの皮を向いている。
彼の名はチェルシュ、最近フェルキスが拾ってきたスラム出身の子どもだ。
歳の頃は14~15歳といったところだろうか。
濃紺の髪は襟足が短いフェルキスと同じ髪型で、髪と同じ色の瞳をもっている。
それにしても見事な手さばきだ。
「そんなに入れたら塩っからくて食べれたものじゃなくなりません?」
料理長の味付けを横目に見ながらチェルシュが言えば、料理長は「味よりも見た目だ」と憤慨しチェルシュに拳を見舞った。
(いや、見た目より味だろ…)
浅く溜息をつき、チェルシュに視線を移せばチェルシュもシュテーリア同様に溜息をついたところだ。
彼はシュテーリアの望む料理人になってくれるかもしれない、出来ることなら2人きりで話してみたいものだと思いながらシュテーリアはその場を後にした。




