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13話



厨房に移動し、料理長にあらましを伝えればすぐに使いやすいように整え、エプロンまで用意してくれた。

料理人たちは貴族令嬢の作る料理が興味深いのか様子を伺っているようだ。


後から追ってきたユネスティファが何故かセレンディーネを連れ立っていたが、まぁ良しとしよう。

戦力になると思われる彼女の存在は有難い。

モスグリーンの髪を一つに束ね、腕まくりまでしているのだからヤル気に満ちているのだろう。


セレンディーネは、シュテーリアの耳元に顔を寄せ小声で尋ねてくる。


「何を作るのですか?」

「えっと…フレンチトーストというかブルスケッタというか……そんな感じのですね」

「フレンチトーストって短時間でできます?」

「軽食なので甘くしませんし、長時間浸すことはないのでできますよ。とにかくパンを何とかしないと、と思って」

「あぁ、確かにそうですね。軽食フレンチトースト…ブルスケッタは知らないので教えて下さい…」

「できあがったら何となく見た事あると思いますよ。あ、実は元の世界の野菜の味がこの世界のどの野菜と同じなのかがはっきり分からなくて…」

「そこはお任せ下さい」

「頼りにしてます」


こそこそとしたやり取りを訝しげに眺めるユネスティファとエルリックだが、楽しみでもあるようだ。


「塩、チーズやバター、牛乳、卵、ベーコンは同じなので大丈夫です。トマト、レタス、キュウリかアボカド、バジル……あと、粗挽き胡椒とオリーブオイルはありますか?」

「類似品は、ありますね、品質は落ちますが大丈夫です。……料理長、野菜の保管庫に案内をお願いします」


セレンディーネが保管庫に向かっている間に下準備を整えていく。


「塩、卵とミルクと粉末状のチーズ、バター、乾燥させた豚肉、胡椒を準備して貰えますか?」


あくまでも借りている厨房である。

上目線で命令など言語道断だ。

厨房とは戦場であり、神聖な場所なのだから。


準備してもらった食材を手に取り、ボウルにミルクと粉末状にしたチーズを入れ、卵を追加。

よく混ぜてから、強靭な硬さの大きめのパンを手に取り、危なげない手つきで適した厚みに切っ……残念ながらシュテーリアの力では切れなかった。

近くにいた料理人に声を掛け、ナイフを渡す。

事も無げに切っていく姿を見て、何故か負けた様な気分になったが今はそれどころではない。

セレンディーネに頼んでいた野菜が運ばれてきたので、そちらの下準備に取り掛かる。

乾燥肉は薄切りにし、トマトらしき野菜とアボカドらしき野菜はヘタと種を取り除き1cm角に切っていき、用意された葉野菜はサラダに適した大きさに千切る。


丁寧さも必要だが、今はスピード重視である。

切り終えたパンを先程作ったミルク、粉末状のチーズ、卵を混ぜたものに浸し、別のボウルでトマト擬きとオリーブオイル擬き、バジル擬き、塩、粗挽き胡椒を和え、これを簡単な冷却魔法で冷やしていく。

オリーブオイルがくすんだ色なのは濾す回数が少ないからだろう。

これは商会を持つセレンディーネに助言を送っても良いかもしれない。


手際良く進んでいく工程に見物人と化していた者達は硬直しているようだった。

今、厨房でサクサクと動いているのはシュテーリアとセレンディーネ、2人の貴族令嬢だけだ。

カフェを経営しているセレンディーネにしてみれば「この程度で狼狽えるな馬鹿者」と言ったところだろう。

特にあれこれと言葉を発する事もなく工程は進み、あとは皿に盛っていくだけになった。


全ての工程を終えたシュテーリアは料理長に一皿、エルリックに二皿渡す。

エルリックに二皿渡したのはフリオにも食べて欲しいからだ。


「料理長、急な申し出を承認くださり感謝の念に絶えません。セレンディーネ様もお手伝いをありがとう存じます」

「いえいえ、良いものを見させて頂きました。こちらは美味しく頂こうと思います」

「シュテーリア様とご一緒できて良かったですわ。わたくしにも得たものがございますもの」


2人の言葉を受け、ホッと胸を撫で下ろす。

セレンディーネがそっと近付き、1枚のメモ紙を渡してきた。


「これは野菜の名前リストです。前世の野菜の名前も書いてあるので役立つと思います」


シュテーリアは小さく頷き視線で感謝を伝えると、セレンディーネも満足したように頷いた。


「作り方は難しくありませんし、お口に合いましたら今後食堂のメニューに加えてくださいませ」


ついでに、と正しいフレンチトーストの作り方をメモに残し、給仕係の者を連れてユネスティファと2人で執務室へ足を向けた。

セレンディーネはというと「緊張で味が分からなくなると困るので1人で食べます」と言って人目につかない食堂の端に向かっていた。

セレンディーネによる審査にもなってしまったようである。

忽然と姿を消したエルリックは、おそらく一足先にフリオの元に向かったのだろう。



ーーーーーーーー



文官棟にある王族執務室に足を踏み入れると書類の山に忙殺されそうなランスとフェルキスがいた。

ノックもしたし声も掛けたのだが反応が無かったので、ユネスティファが問答無用で押し入った形だ。


「食事くらいまともにとってくださいませ」

「あ、あぁ。もうそんな時間だったのか…」


明らかに狼狽えたランスを後目に給仕係に続き部屋のサロンに食事を運んでもらい、お茶を用意してもらう。

ユネスティファは少々強引にランスをサロンに引っ張っていった。


「お兄様もですよ」

「そうだね、シュテーリアと食事を一緒にできるのなら今日くらいは……」

「では、毎日用意致しますわ」

「う、うん…」


フェルキスが視線を逸らしたのを見て、ユネスティファの言った執務中毒というのはあながち間違ってないのだと理解する。


「実は学院長先生に許可を貰って、セレンディーネ様と一緒に作りましたの。お兄様に食べて貰いたくて……」


フェルキスの表情が一気に華やぐ。


「僕のため?」

「はい。お兄様のためですわ」

「シュテーリアの手作りか…嬉しいな」


重かった腰をすぐ様上げて揚々とサロンに向かうフェルキスの少年らしい振る舞いに笑みがこぼれる。


「ランス、これはシュテーリア様とセレンが作ったのよ。素晴らしい腕前でしょう?」

「シュテーリア嬢も料理をするのか」

「本来、貴族令嬢が厨房に入るのは好ましくないことだと理解しておりますが…その、好きなので…」


語尾が小さくなるのは、それが卑下されることであると理解しているからだ。


「いや、セレンディーネの件もある。彼女がよく作るのはテイショクだったか??」

「えぇ、見たこともない料理でしたわ。今は新しい調味料を作り出そうとしているみたいよ」

「そうなのですね!新しい調味料はわたくしも楽しみですわ!」


会話を楽しみながらフレンチトースト擬きとブルスケッタ擬きに手を付ける3人を緊張した面持ちでシュテーリアは見つめる。

何度経験してもこの瞬間は緊張するものだ。


「パンが柔いわ!それにティトの乗ったパンはなんと言う料理なのかしら?とても美味しいわ」

「それはブルスケッタと言います。トマ……ティトを細く均一に切りイルテの実から作るオイルで和えたものを乗せています。お気に召しましたのなら、後日レシピをお渡ししますわ」

「こっちの乾燥肉の乗ったものは?」

「そちらは軽食用に改良したフレンチトーストです。本来のフレンチトーストは卵液に長時間浸したパンを焼いて砂糖をまぶしたおやつなのですが、軽食には合わないと思い砂糖の代わりに粗く挽いた胡椒をまぶしております。葉野菜と乾燥肉と一緒に食べても美味しいと思いますわ」


ランスとユネスティファの質問に答えながら食事を進めるが、フェルキスからの反応がないことが気掛かりだ。


「お兄様…お口に合いませんでしたか?」

「いや…なんと言うか、今まで食事というのは味を楽しむと言うより情報収集しながら胃に流し込む作業でしか無かったから驚きが先にくるというか……」

「お兄様……」


まさかの発言である。

あの食事に慣れ親しんでるフェルキスでさえ、美味しいとは思っていなかったのだ。

悪辣な食事は精神的に良くないと思うのだが…。


「凄く美味しいよ。シュテーリアが料理に詳しいことは先日聞いたけど…こんな料理をどこで知ったの?」


前世の庶民の味方クッ〇パッドです!とは言えず、多少強引ではあったが書物という事で誤魔化した。

今回の料理は好評だったと思えるが、素材などの品質向上は必須だと思えた。

あとは和風調味料と上白糖が欲しい。

この世界では砂糖といったらグラニュー糖の下位互換のような物しかないのが不満だ。

代替はできるが、上白糖特有のコクがないのが如何ともし難い。後日行う予定のセレンディーネとの話し合いで提案しても良いだろう。


食事を終え、お茶を楽しんだあと教室へと戻ればルルネアに「一緒にランチしたかったのに!」と詰め寄られる事になった。

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