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閑話1:シュテーリア7歳初めての料理…(シュテーリア視点→ステヴァン視点)



これは雅がシュテーリアとして目覚めて1ヶ月と経たない頃の話だ。

7日間の眠りから目覚めてすぐにシュテーリアは動き回るようになっていた。

普通1週間も眠れば相応に筋肉が落ちて歩き回るのにも苦労するのだが、この世界には前世と違い魔法という便利なモノがある。

しかも、イシュツガル王国内においても高位に位置する侯爵家の令嬢であるシュテーリアには国内最高位と誉高い治癒士が治癒魔法を掛けていったと言う。

お陰様で1ヶ月経った今も体に不調など無く、健康優良児として過ごしている。

とはいえ、1つ問題があるのだ。


夜も深まった頃、寝台に寝そべったシュテーリアは目を開け腹部を撫でる。


「うぅ…お腹空いた……」


決してシュテーリアは少食では無く、体に見合った年相応の食欲はあるのだが如何せんこの世界の料理は不味く、雅の味覚を持つシュテーリアの舌が拒否するのだ。

飾り付けが一級品のスープが出てきたかと思えば素材に頼りきった味の無いスープだったり、焼き立てパンが出てきたと思えば硬すぎて千切ることすらできず、香りの良いステーキが出てきたかと思えば塩辛くて食べれたものでは無い。

家族が心配してくれようと何だろうと食べられるものでは無いのだ。

何とか食べれる物を見付けて胃の中に流し込む作業、それがシュテーリアにとっての食事だった。


「美味しいモノが食べたい…玉子焼きでもいいから……」


ぐぅ、と空腹を主張する腹部を抑えてシュテーリアは寝台を抜け出す。

こんな夜更けに寝台を抜け出せば叱られることは分かっているのだが寝れないものは仕方ないのだと言い聞かせ、向かうのは厨房だ。

以前、昼間に厨房へ行き料理長に直接味の変更をお願いしに行ったところ『お嬢様の領分ではありませんよ』と言われて追い出されてしまったのだ。

であれば深夜に忍び込むしかないとシュテーリアは意を決して私室の扉に耳を当て、廊下に人が居ないかを確認する。

音が鳴らないよう細心の注意を払って扉を開け、踏み出した。

廊下は夜に相応しく廊下の灯りは最小限に抑えられている。


(これなら見付から…)

「お嬢様?どうなさいましたか?」


悲しいかな、老齢の侍女長ターニアの声掛けによりシュテーリアの冒険は僅か2歩で終わった。


「うぅっ……」


涙声で呻きながらしゃがみこみターニアを恨みがましく見上げれば彼女は困った表情をしていた。



ーーーーーーーー



シュテーリアは現在、家令であるステヴァンに抱き上げられた状態で目的地へと運ばれている。

目的地は相変わらず厨房だ。

何故、ステヴァンなのかと言うと…理由も話さずにグズグズと泣き出してしまったシュテーリアを見兼ねたターニアが通りがかったステヴァンまで呼び寄せてしまったからに他ならない。


「さぁ、お嬢様。厨房に着きましたよ?」


バリトンボイスがよく似合うステヴァンに下ろすように言えば、ふわりと厨房に立たせてくれた。


「あのね…お腹空いたの……グスッ、寝れないの」

「では、すぐに用意致しましょう」


目の端に溜まった涙を真っ白なハンカチに吸わせながら彼は料理人を呼ぶ為のベルを手に持った。


「ちが!違うの!自分で作るの!!」


黒い瞳を顰めてシュテーリアを見詰めるダンディーな家令のなんと迫力のある事か……


「エアリステの令嬢たる者が料理など…」

「お願いステヴァン……内緒にして?」


ステヴァンの足にしがみつき潤ませた春空で彼を見上げる。

見つめ合った時間約10秒、折れたのはステヴァンである。

はぁ〜っと深い溜息の後に膝を付いて「私にもお手伝いさせて下さい」と言った。

後ろからついて来ていたターニアも何やら諦めてくれたようで、彼女は見張り番をしてくれると言う。

小さなシュテーリアの為に安定感のある足場を用意し、ステヴァンは指示通りに動く。

魔法や包丁の使用はステヴァンに任せて作り上げたのは何の変哲もないフレンチトーストとベーコンエッグだ。

当然、料理長の作り出す色鮮やかな赤い激不味ソースは無い。


「ふふっ、これはステヴァンとターニアの分よ。だから、内緒にしてね?」


要するに賄賂である。


「あらあら、これは言い付けられなくなってしまいましたね」

「有難く頂戴致しましょう、ターニアさん」

「そうね、お嬢様の手作りを頂けるだなんて役得だわ。さぁ、お嬢様。お部屋に戻って食べましょうね」


シュテーリアの分の料理と紅茶をカートに乗せ、ターニアはシュテーリアの私室へと向かう。

ステヴァンはそれを見送り、1つの皿をカートに乗せた。


「さて、参りますか」



ーーーーーーーー



薄暗い廊下をステヴァンはカートを押して歩き、ある一室の前で止まる。

扉を軽く叩き、中に居るであろう人物に声を掛けた。


「旦那様、お夜食をお持ちしました」

「入れ」


短く返された声には多少の困惑があった。

それもそうだろう。レイスは仕事中に食事を取ることはないのだ。

それをステヴァンは、よく知っている。

テーブルにカトラリーと料理の乗った皿を並べ、紅茶を注ぐ。


「こちらはお嬢様がお作りになったものです」

「リアが?」

「はい。どうやらお嬢様には料理の才がおありになるようですね」


レイスが小さく切ったフレンチトーストを口に運ぶ。


「ほぅ…」


もう一口、更に一口……手は止まらず、レイスは無言にのままに食べ終える。


「なるほど。リアの食が進まなくなった理由は味覚が変わったからか」


眉間に皺を寄せたかと思うと、レイスは至極愉快そうに冷たく笑った。


「どうやら私の妖精の中にも何かが居るらしい。この変貌ぶりはまるで……」


そこまで言って言葉を止め、レイスの翠眼はステヴァンに向けられる。


「今後もリアが厨房を使いたいと言ったら使わせてやれ。その代わり、お前かターニアが一緒の時のみだ」

「畏まりました」

「……」

「お嬢様がお料理を作られた際には、此方にお持ちしましょう」

「あぁ」


主の口に出来ない想いを察するのも侍従の務めであるとステヴァンは表情を変えずに心の中で笑む。

冷酷な宰相も愛する妖精の前では形無しだな、などと失礼なことを思っていることは秘密である。


テーブルの上を片付けレイスに命じられ部屋から下がったステヴァンは厨房へ向かった。


次回更新予定は5月5日0時です。

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