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101話



教室前まで送ろうとするフェルキスの背中を押して自分の教室に向かうよう促し、今日から料理講座が始まるため食堂に向かうチェルシュを見送ってから教室に向かう。

不登校になる以前と何ら変わらない光景に密かに胸を撫で下ろす。

シュテーリアが登校するよりも前に家を出ていたエルテルが教室の側の階段で待っていたこと以外何ら変わりはない。


「リア、もう大丈夫なのよね?」

「えぇ、大丈夫よ。その……ごめんなさい」

「謝らなければいけないようなことは何一つしていないわ」

「でも、心配を掛けたでしょう?」

「そうね。心配はするわ。大切なお友達ですもの」

「一人でラルゴット子爵夫人と挨拶をさせてしまったわ」

「夫人に学ぶことはわたくしが望んだのだもの。一人で大丈夫よ。それに学ぶのはわたくしなのだから一人で会って当然だわ。例え夫人が妖精姫を求めていようと、ね」


そう言って含みを持たせ華やかに笑んだエルテルはシュテーリアの手を取り、その手に少しだけ力が入る。

いくらシュテーリアが大丈夫だと言っても心優しいエルテルのことだ。心配で仕方ないのだろう。

エアリステ候爵邸に住んでいるのだ。聖女に関することは当然エルテルの耳にも入っている。


「エリー、わたくしは大丈夫よ」


真っ直ぐ前を見て侯爵令嬢を演じようと決めた日のことを思い出す。

エルテルの手を握ったまま、それでも一見冷たく思えるような笑みを浮かべ羽の如く軽やかに歩を進める。

シュテーリア・エアリステは妖精姫とまで呼ばれる令嬢たちの鑑である。

威厳と風格を取り戻すため、まずは天真爛漫を地で行く王女から制そうかと心に決めて扉を開ければ案の定それは猪突猛進にシュテーリアを目指して駆け出した。


「おはよ〜〜〜っ!リ─うぎゃあッ!!」


体当たりをくらう刹那、シュテーリアはエルテルの手を離して軽やかにそれを避ける。

ともすれば対象物のいなくなったルルネアが廊下に転がった。

とはいえ見事な受け身である。王女の素晴らしく美しい受け身に歓声が上がるあたり級友たちも毒されていると思えるし、王子としての品格を保持している頼みの綱のハルニッツでさえルルネアに受け身を学ぼうかと本音が溢れているのだから早々にルルネアの振る舞いを改善しなければと思う。

せめてバディウスが諌めてくれれば良いものの彼は随分と楽しげに「今日もルルは元気だね」と笑顔でルルネアを起こしているのだから期待はできない。


「ひどいわ。躱すなんて……」


涙目でシュテーリアを見上げるルルネアは正に小動物のような愛らしさを持っている。

ルルネアは数日ぶりに会うことが嬉しくて堪らなかったというのにその想いをぶつける既の所で躱され、憤りと悲しみを込めた瞳をシュテーリアに向ける。

しかし、正さねばならないものは正す。諭さねばならないものは諭すのが今現在シュテーリアの役割とも言える。

いくら学院では身分は関係ないものとされていても限度がある。学院は未成年者が社交界で生き抜くための練習の場だ。


「ごきげんようルル様」


普段と何ら変わりない挨拶。声のトーンも微笑みも何も変わらないが唯一違う部分があるとするなら転がったルルネアに手を差し伸べないことだろう。

歩み寄り手を差し出したバディウスの手を取って立ち上がったルルネアは不貞腐れながらも「ごきげんよう」と挨拶を返す。

それに続いてエルテルも同様の挨拶をし、エルリックが来る前に席に着いた。


教壇に着いたエルリックから今日は楽士科や家政科の先輩方と合同で演劇の準備に費やすという旨が伝えられ、各自割り当てられた教室に向かい残ったのはシュテーリアが休んでいる間に決まった演者たちと脚本を担当したロトだ。


「あの……わたくしは」

「リアにはシェヘラザードをやって貰いたいの!」


そうルルネアは言うが総指揮を執るハルニッツと補佐であるバディウスは違う考えを持っている。


「俺はシュテーリア嬢には舞台監督を務めてもらいたい」

「うん。僕もハルと同じことを思ってた」

「でも、主役であるシェヘラザードは慣れてる人の方が……」

「ロト、君はどう考える?」

「僕も演出面でシュテーリア様にご助言頂きたいので全体が見える監督の位置にいて欲しいと思ってます」

「では、シェヘラザードは何方にお願い致しますの?」


脚本を簡単に読み進めるとシェヘラザードという女性の淑やかさと清廉さが見える。

おそらくロトの持っているシェヘラザード像が淑女の鑑と呼べるような女性なのだろう。

きっと今いる中で最もシェヘラザード像から遠いのはルルネアである。そして、このシェヘラザード像に最も近付かなくてはならないのもルルネアだとシュテーリアの口角が上がる。

演じることで振る舞いが改善できるのであれば一石二鳥ではないか、と。


「ルル様がシェヘラザードを演じては如何ですか?」

「えっ」

「シェヘラザードは淑女の鑑のような方ですもの。王女であるルル様であれば演じるのも容易いはずですわ」

「えっ」

「まずは、わたくしとマナーレッスンですわね」

「えっ」

「ルル様、よろしくて?」


有無を言わさない雰囲気を作り出すのはエアリステの特技と言っていい。深まる笑みに王子たちですら喉を鳴らして唾を飲みこむ。


「そ、そうだな。ルルが適任だ」

「王の役は僕がやることになっているし、マナーレッスンにも付き合うよ」

「あら、バディウス殿下ではいけませんわ」

「……どうしてか聞いてもいい?」

「バディウス殿下はルル様にお優しすぎますもの。楽士科も合同で行うのであればレッスンにはお兄様にお付き合い頂きますわ」


この日、配役が決定したことでエアリステによる王女のための地獄のマナーレッスン第二弾が決定された。

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