第8話 酒場にて
俺は、入口のドアを開けて酒場の中に入った。店内は、色々な格好をした冒険者たちで賑わっている。たぶん俺と同じプレイヤーのはずだ。俺はキョロキョロしながら店の奥へと進んだ。すると向こうからウェイトレスの格好をした美人のお姉さんがやって来る。
「あら? 素敵なお兄さん。初めて見る顔ね。ゆっくりしていってちょうだい」
美人のウェイトレスは、俺に話しかけるとウィンクして見せた。俺は、軽く会釈する。その時、背後から声がした。
「今のウェイトレス、NPCでしょ? へぇー。初めて見たよ。NPCに声をかけられてる人」
振り向くと、茶髪で皮鎧を着た青年が立っている。青年は、俺と目が合うと話しかけてきた。
「ああ、ごめん。俺の名前は、クライス。レベル5の戦士さ。よろしく!」
「ど、どうも。俺は、ハルです。レベル2のバーサーカーです」
俺が答えると、クライスと名乗った青年はニコっと笑った。
「よかったら、ちょっと座って話しないか?」
「う、うん。いいよ」
特に断る理由もない。俺とクライスは、近くの丸いテーブル席に向かい合うように座った。
「さっき見てたんだけど。NPCのウェイトレスに話しかけられてたよな? このゲームのNPCって、基本的には無愛想だからさ。めずらしいなって思って声をかけたんだ」
「そ、そうなの?」
俺は、首を傾げる。NPCに話かけられたのは、実は初めてではない。最初に、武器屋を探してる時も小さい女の子のNPCに話しかけられたはずだ。
「このゲームは、プレイヤー同士の交流をなるべく促すために、NPCは必要以上にプレイヤーに干渉しない設定らしいんだけどね」
そう言いながら、クライスは手をあげた。さっきの美人のウェイトレスがやって来る。しかし、無表情な顔をしている。一目でNPCだと分かるほどに。
「飲み物と食べ物を2人分、適当に頼む」
クライスがそう言うと、美人のウェイトレスは黙って頷き去って行った。
「ほらな。全然、愛想が無いだろう?」
「確かに……」
「まあ、いいや。それより君、まだ初心者だろう?」
クライスは話題を変えた。
「う、うん。まだ始めたばかり。これからどうしようかなって思ってて……」
丁度いい。俺はクライスに今の状況を打ち明ける。
「せっかくの縁だし。一緒に冒険でもしようかって言いたいところだけど、ごめん。俺は、これから友人と約束があってさ」
クライスは、申し訳なさそうな顔をした。しかし、何かを思いついたような表情をする。
「そうだ! 代わりにいいことを教えてやるよ。この街から西に少し歩いた所に、『地下ワイン貯蔵庫跡』っていうダンジョンがあるんだ」
「地下ワイン貯蔵庫?」
「ああ。大昔は、ワインセラーだった場所らしい。今はモンスターの棲み家になってる。初心者向けのダンジョンだ。そこならソロプレイでも十分稼げるぜ」
なるほど、初心者むけのダンジョンか。それは、いいことを聞いたかもしれない。
「ありがとう。さっそく行ってみるよ!」
俺は、クライスに礼を言った。丁度その時、ウェイトレスが飲み物と食べ物を運んできた。テーブルに料理が並べられる。
「よし。じゃあ、乾杯しようぜ! ハル」
俺とクライスは、木製のジョッキで乾杯する。中に入っているのはビールだろうか? 琥珀色の液体だ。俺は、おそるおそる口にするが……
「ん!? 何だこりゃ? 全然、味がしない」
味も匂いもしない。クライスはニヤニヤと笑っている。俺は、不思議に思って料理に手をつける。美味しそうな肉料理だが。ゴムを噛んでいるようで食べれたもんじゃない。すぐに吐き出した。
「はははははッ! ここはゲームの中だぜ。ハル。残念だけど、本当に飲み食いはできないのさ。見た目の雰囲気だけ味わうのさ」
「そ、そうなんだ…… こんなに本物そっくりなのに……」
「現実での生活に支障がでないように、味覚は制限されてるんだとよ」
まあ、ゲームの中で本当に飲み食いできたら、ずっとゲームの中にいるもんな。確かに、現実の生活に支障が出そうだ。引きこもりの俺が言うのも何だが。
「おっと。そろそろ時間だ。行かなくっちゃ! じゃあな、ハル。縁があったら、また会おうぜ!」
クライスは席を立つと、手を振って去って行った。俺も手を振って見送る。
「さて、俺も行くか…… とりあえず、さっき聞いた『地下ワイン貯蔵庫跡』だっけ。行ってみるか」
俺も席を立つ。ちなみに、飲み物と料理代は無料だった。
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