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桜散る木の下で仮面の舞踏会を  作者: 宮原 那月
プロローグ
1/2

この街に桜は咲かない


 優しい春風が吹く。その風に巻かれた桜の花弁がふわりと墓石の上に舞い降りた。それを洗い流すように柄杓で水をそっと上から掛ける。下に落ちた水が跳ねて水滴を飛ばす。墓には真新しい花が添えられていて、墓周りも綺麗に掃除をされていてその墓は本来の姿を保っていた。


 隣の墓を見ると無残に枯れ果てた花が添えられていた。墓石も苔で少し緑がかっていた。しばらく、その墓の主が墓参りに来ていない証拠だ。しかし、別に田舎の墓じゃ珍しいものじゃない。都会に出たその墓の子供が様々な理由で実家に帰りづらくなり墓参り来れなくなっただけなのだ。そういった墓はこの墓だけでは無い。見渡せばこれと同じような様子の墓が多く見られた。


 辺りをひととおり見渡すと自分の立つ墓の前で手を合わせた。

 「父さん、母さん、今年の春、大学を卒業したよ。父さんが言った通り大学はちゃんと卒業したし、母さんが言った通り一人暮らしもできるようになった。卒業後のやる事も決まってる」

 そう言って一息ついてペットボトルのお茶をすすってから、柄杓一杯水をすくい、ゆっくりと墓にかけた。


 流れ落ちる水を見てふと、六年前の出来事を思い出していた。その日部活から帰ってきて家の玄関を開けると今までに嗅いだことの無いような匂いが部屋に立ち込めていた。急いでリビングの扉を開くとそこには無残に殺された両親の遺体が転がっていた。血塗れのカーペットに血でぐちゃぐちゃになった床。散乱した衣類やプリントまでも両親の殺された日の事は鮮明に記憶していた。あの日から変わった自分を父さんと母さんはどう思うだろうか。考えても答えは出ないし、答えてくれる人もいない。だから考えても仕方の無いことなのに考えてしまっていた。


 流れ落ちる雫が地面に届くのを見て、柄杓をバケツの中に投げ込むと「また来るね」と、言って墓場を後にした。



 

 両親の墓参りを終えてから直ぐにもうひとつの墓参りに向かった。両親の墓のある町ではなく春になると桜が綺麗な街だ。


 その墓があるのは、桜がちっとも咲かない静かな場所にあった。街を一望できる山の中腹に作られた見晴台。その隅に小さな小石と小枝だけで作られた簡易な墓が作られていた。それが僕の作った彼女の墓だ。


 「ただいま」


 僕はそう言ってから墓の前に座った。


 「今日は報告があります。こないだ小説の新人賞で賞を頂きました。で、その受賞式でとある先生に文章がお粗末って言われちゃったよ」


 話自体は褒めてくれたけどね、と付け加えて少しはにかんで彼女を見た。


 「でも、これで君との約束を果たせるよ。」


  そう言って持ってきたカバンからノートとペンを取り出した。


 「それじゃあ君に言われた通り、書き出しはこう綴るよ」


 桜散る木の下で……。

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