義兄が義姉になったので義妹にグイグイ行こうと思う
始めまして。
社畜が通勤電車でちまちま書いた作品でございます。
短編ですが連載版のプロローグのつもりで書いてます。
感想、ブクマ、評価等頂ければ、気力と身体に気を付けつつ連載をしてみようと思っております。
何卒、よろしくお願いいたします。
目を覚ますと女になっていた。時が巻き戻っていた。
そして、義妹と寝ていた。
「訳が分からん……」
最期の記憶から約二年巻き戻った日時を示すスマホをひっくり返して脇に置く。SNSや電話帳を確認したが、彼氏がいたり親しい女友達がいたりはせず、家族と小中学校の頃の友人しか登録されていない。高校進学で地元を離れた結果、縁は切れているが。
「改めて思うと、高校時代の俺ってボッチだったな。バイトと勉強しかしてないぞ」
少し悲しくなった。
「それに、見た目もなあ」
スマホに保存されていた一枚の写真。中学の卒業式とおぼしきソレに写っていたのは、ソバカスの散った平たい顔に、小さく丸い鼻とつんと突き出た唇、やけに目力のある三白眼と平均より高めの身長が特徴の、濃紺のセーラー服の少女。
男の俺に丸みを足して、髪を伸ばせばこんな感じだな……という控え目に言って可愛くない容姿。方向性的にはクール系。スカジャン着てガンを飛ばしバイクに跨がっていれば立派なレディースの出来上がり。
名前が大月望から大月希望になっているのは、時間遡行やTSに比べれば些細な事だった。
「なんというか、ままならないな。神様がこれをやったなら文句言ってやる」
夢でないことは、何となく理解していた。
それは最期の記憶の存在。
そして、今まで感じたことの無い、温もり。
「んん……」
俺の左腕を抱き込むようにして、スヤスヤ寝息を立てている白皙の美少女は大月マリア。ドイツ系アメリカ人の父親と日系アメリカ人の母親の間に生まれ、純日本人な俺の父親と彼女の母親の再婚に伴い俺の義妹になった。
若干16歳にして米国の名門大学を飛び級で卒業した才媛で、高校は日本屈指の進学校なお嬢様高校に『社会勉強』の為に入学するという、まさに生けるアニメのヒロインのような存在だ。
再婚は俺が高校二年の夏。マリアは一つ年下で体は小さく、感情の起伏に乏しい事もあってまるでアンティークドールの様だった。
その時の俺は、マリアを他人としか思えなかった。それはそうだろう。一つ年下の白人美少女。しかも飛び級してるような天才を自分程度と同じ人間だと見れる訳がなく、義妹と思う事も、義兄と思い上がる事もない。
彼女も同じように考えていると、俺は思っていた。ただ家が同じだけの他人。もしくは、人以下の何かであると。
最期の時までは。
「……マリアは、俺の事を「兄さん」だと思ってくれてたんだよな」
流れ出る熱。俺の血で真っ赤に染まったマリアは泣きじゃくりながら何度も「兄さん」と呼び掛けてくる。俺は泣いてほしくなくて、意識が遠ざかるまで彼女の頭をなで続ける。
ああ、この子は年下の女の子で、俺の妹なんだ。死の間際にようやく気付き、もっと早く気付けていればと押し寄せてきた後悔。
「何でか「姉さん」になったけど、次はちゃんと向き合うからな、マリア」
空いた右手でマリアの頭を掻き抱き、ふわふわのブロンドを撫でる。ゆっくりと、起こしてしまわないように。安らかに眠れるように。
もし神様が居るのなら、文句を言うのは我慢しておこう。
「しっかし、これは……寝れないな」
女の子の柔らかさは、童貞の俺にはキツい。
そして朝。
「……アカン」
日の差し込んだ部屋は明らかに自室ではない。
洋書の詰め込まれた大きな本棚。愛くるしいぬいぐるみ達。異彩を放つアクション映画のポスター。前世? で扉の隙間などからチラリと見たことのあるマリアの部屋だった。
「……そこはマリアが俺の布団に潜り込んでる所だろ……お約束だろ……神様仕事しろよ……」
マリアが俺の薄い胸に顔を埋めて、両手両足でガッチリとホールドしてきて身動きが取れない。逃走は既に諦めた。刑の執行を待つ囚人の気分だ。もしくは世界の終わりの日を知った人。
「うにゅ……あさ……?」
俺の呟きで意識が浮上したのか、瞼を持ち上げてエメラルドグリーンの瞳が露になる。
「……え?」
マリアは自分が誰かの胸にいることに気付き、きょとんとした声を漏らすと顔をあげた。ばっちり目が合う。
「お、おはよう、マリア」
少し噛んだが、人生で一番の優しい笑みが出来ている……と思いたい。
「ひっ、ひゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
ちょっと可愛い悲鳴。頬へのビンタと腹への蹴りでベットから叩き出され、脳が揺れ寝不足と相まって遠ざかる意識。
やっぱり、神様には文句言ってやる。
「マリア、おはよう」
「……おはようございますノゾミさん」
精神的にも物理的にも衝撃の朝から数日。
女の体にも慣れてきた大月望あらため大月希望と、父さんの再婚相手の連れ子である大月マリアの距離は縮まっていない。目を合わせればふいと逸らされ、怒りからか紅潮した顔で時折こちらを睨んでくる。取りつく島もない様子に、俺は苦笑するしかない。
今は夏休み。それが明けるとマリアはお嬢様校に入学し、俺が通う共学の公立校も新学期が始まる……筈だったが、女になった影響なのか俺の学校はそのお嬢様校、聖辰學院高等部になっていた。
まあ、それはいい。
どうも俺はそこでも孤立気味だったらしく、親しい人間はいないようだ。それに、過去の希望と今の俺との違いは服選びの若干の差異以外に無いようで、女の俺まで一人称が「オレ」だったのは驚きだった。よくそんなんでお嬢様校に入ったと思う。
マリアはアメリカで殆ど学校に通わず、家庭教師を雇っての自宅学習と通信教育が主だったと聞いている。それでいきなり日本の高校への入学は色々と苦労するだろうし、フォローも必要だろう。どうにかそれまでに、距離を縮めねばと気を引き締める。
「父さん達は……仕事か。昼飯どうする?」
「……お任せします」
朝が早く帰りも早い両親は共働きだ。外資系の商社に勤め、上司と部下の関係らしい。馴れ初めは嫌と言うほど聞かされた。そこから学べるのは「胃袋を掴めば勝ち」ということ。
「名付けて餌付け大作戦ってな」
と言っても凝った料理を作るわけじゃない。やけにカタカナと地名と動詞が多いやつとかは無理だ。材料は無いし道具も知識もない。
俺の料理は冷蔵庫の食材とスーパーで買った焼き肉のタレなどの調味料が大活躍する簡単なモノだ。分量は計らないし気分で味付けを変えたりする。主夫の料理ってこんなものだと思う。
大事なのは食卓を囲み、会話を交わし、心の距離を縮めること。料理が美味ければなお良し。
「うーん、胡麻油が多すぎたな。油っぽい」
「…………」
三十分もかからずに用意した冷やし中華を二人で食べる。
大月家の家は再婚を機に購入した新築の一軒家で、そのリビングはまだまだ真新しい建材の匂いがする。
「ま、食えない訳じゃないけど、ごめんな」
「……いえ」
無言。
エアコンと蝉。俺のズルズルとマリアのチュルチュル。なんとも夏を感じる。あと女子力の差。
「なあマリア」
「……なんでしょうか」
「そんなに身構えられると悲しいんだが」
「勘違いです。見間違いです。水晶体が曇ってるのでは」
「それ白内障だよな」
箸と器を手に椅子を少し引いて腰を浮かせているその姿には、身構えている以外の表現が見当たらない。
「いやな、午後一緒に出掛けないかと思ってさ」
「……眼科、ですか?」
「そこから離れてくれ。ほら、引っ越してからまだ外出てないみたいだしさ、色々と見て回ろう、な?」
「暑いから嫌です」
「お、おう……ならプールとか」
「日焼け嫌です。人混み嫌です。あと、ノゾミさんに水着姿見られるなんて耐えられません」
「そ、そうか。ごめんな」
全力の拒否にへらりと笑って謝るしかない。義妹との溝は深い。
「ごちそうさん」
食べ終わった食器をガチャガチャと重ねる。
「……一緒に居てくれれば……いいんです」
だから、その呟きは聞こえなかった。
短かったでしょうか?
少しでもお楽しみ頂けたのなら幸いです。
望がどんな死に方だったのか、神様的な存在、前の『希望』の事などを、今後連載するとしても書くことはありません。たぶん。パンジャンドラムが大西洋の壁に直進できるくらいの可能性です。きっと。
評価など、よろしくお願いいたします。
では、また。お会いできる時をお待ちしています。