05.
「マジかよ……」
昼休みになって大分時間が経ったというのに購買はまだ混雑していた。
うんざりして壁に寄りかかっていたら、いきなり左右両サイドから腕を取られた。井伏と坂口。簡単に言うと汗っかきデブとぐるぐるメガネ。
俺はいつもこの冴えないクラスメートたちと一緒に昼メシを食っている。
「待ちくたびれちゃったわ~ な・お・と」俺の胸を揉みながら井伏が言った。
「早くしねえと売り切れちまうよ~ん、ウヒヒ」俺のケツを撫でまわしながら坂口が言った。
こいつらは購買の人混みの中で、女子の匂いを嗅ぐのを趣味としている罪深き奴らだ。モテないということは、こうも人を歪ませるものか。
ただ、本音を言えばその気持ちはほんの少しだが分からなくもない。女子の髪から漂う何とも言えない香りは理性をわずかにだが揺らがせる。フェロモンというやつだろうか? いや、ただのシャンプーの香りだろう。
そんなものに惑わされては男がすたるというものだ。とはいえ、いいものはいい。むしろ最高じゃないか! 嗅ぎたい。鼻が根元からもげ落ちるほど嗅ぎたい……。
――ハッ!
わざわざ女子がたくさんいる場所を選んで飛び込んでいった井伏と坂口の幸せそうなアホ面を見て我に返った。
ちなみにこのアホ共は新聞部の部員だ。表向き、学校行事や部活動についての記事を載せているが、裏では「夕刊トーコク」というゴシップばかりの新聞を男子トイレの個室に貼り出している。先生や女子たちにその存在を知られていないが、男子生徒には大人気だ。
「直人は買いに行かねーのかよ~」
井伏がパンを抱えてニヤニヤしながら戻ってきた。
「今日もたまらんぞ、ウヒヒ」坂口がだらしなくヨダレを垂らした。
「お前らそのうち捕まるぞ」
「そんときゃ、直人も一緒だぜ~」
「親友だもんな、俺達。ウヒヒ」
「んなわけあるか、バカ。お前ら、ホント調子に乗り過ぎんなよ。気づいてねーのか、気にしてねーのか知んねえけど、女子全員、お前らのこと犯罪者扱いしてるからな」
「自分のこと棚に上げて何をおっしゃいますか~」
「は?」
「今朝、駅で平泉とひと悶着あったそうじゃないの、ウヒヒ」
「あれは誤解だ! っていうかやっぱ噂になってんの?」
「新聞部の取材力をなめんな~」
「ホレ、写真もあるぜ、ウヒヒ」
坂口がケツポケットから出した写真には今朝の気まずい瞬間が写っていた。俺の手にしたスマホの角度が絶妙過ぎて犯罪行為にしか見えない。そして仁王立ちの平泉。完全にバレちゃった瞬間じゃねえか。
「ど、どこでこれを?」
「提供者については明かせませ~ん」
「ジャーナリズムの基本ですぜ、ウヒヒ」
「あの平泉を盗撮するとは、直人もいい度胸してるよな~」
「俺は無罪だ。平泉が勝手に勘違いしただけだって!」
「ま、気持ちは分かる。平泉、意外とべっぴんさんだし、ウヒヒ」
「バカかお前、誰があんな陰気なやつ……」
「バカはお前だっつーの~」
「平泉はなぁ、新聞部の隠し撮りランキングでも上位にいるんだぜぇ、ウヒヒ」
「マジかよ。そんなに人気あるようには見えねえけど」
「甘い甘い。無表情で愛想悪いから分かりにくいが、何気にスペックは高いのさ~」
「鏡香ちゃんはマニアにとって、自分が発掘した感を味わうことのできる貴重な存在だぜぇ、ウヒヒ」
「とにかく、守ってあげたくなるオーラを強烈に発しているだけで実はたいしたことないミス透谷・国木田のアンチテーゼとも言うべき存在なのだ~」
「写真は真実の姿を如実に映し出すからなぁ、ウヒヒ」
「雰囲気美人なんてのは、シャッター切ったら魔法が解けちゃうの。国木田なんてよ~く見るとイモくさい顔してんだぜ~」
「その点、鏡香ちゃんは素材そのものがいいんだよなぁ、ウヒヒ」
「推定Bカップの胸がち~とマイナスだがな~」
「でも、俺はそんな控えめな鏡香ちゃんもたまらんぜ、ウヒヒ」
「あんよからくびれにかけてのラインは国宝級だしな~」
「しゃべんないところがまたいいんだなぁ、ウヒヒ」
「たまに授業であたられたりして平泉が発表する時、得した気になるしな~」
「だよなだよなッ。いつもツンツンしてるくせに声がやたらめったらナチュラル可愛いのがそそるぜ、ウヒヒ」
「どんな声出すんだろな? あの時とか~」
「今夜、オカズにしちゃおっかなぁ~ウヒヒヒヒヒヒィ」
「どうでもいいけど、お前らまさか俺と平泉のこと、記事にしようってんじゃねえだろうな?」
「するよ~、とーぜんでしょう~。今日の一面確定」
「やめてくれ。頼む! この通り!」
「う~ん、どうする? 井伏ちゃん。親友の頼みだしね、ウヒヒ」
「しょうがないね~、坂ぐっちゃん」
「はぁ、助かるわ。俺、今……」
「でも、タダじゃねえから、ウヒヒ」
「世の中、そんな甘くねえの~」
「え?」
その後、俺は『隠し撮りランキング』3位の女子に「お前、こないだ脇毛剃り忘れてなかった?」と面と向かって聞くという罰ゲーム的行為を強制され、やむを得ず敢行。
そして、「夕刊トーコク」の一面には俺が思いっきりグーパンチをくらっている写真が掲載された。
「北原真由の脇毛ぼーぼー疑惑に新展開! 本紙記者が体当たり」という見出しで。
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