41.
『志賀くん……志賀くん……』
声がして目をあけた。雲ひとつない真っ青な空が広がっている。さっきまで雨が降っていたのに……。
『それは明日の空かな。今はまだ雨が降っているの』
確かに、水滴が体にまとわりつく感触を僅かに感じる。
ああ……なんだかフワフワ漂っているみたいだ。気持ちいいな……
これは夢だろうか?
でも、眠いんだ。夢の中なのに眠い……変な気分……
『それは夢じゃない! 未来の風景なの!』
未来……未来はプロ野球選手になりたいんだ……
『志賀くん、起きて! しっかりと意識を保つの!』
吸いこまれそう……
ああ……ちょっとだけ休ませてよ……
『ダメ! 志賀くん、頑張るの! 子供の居場所を突き止めるの!』
こども? こども……
そう言えば小学校の時、野球やってたっけ……
『今もやってるじゃない。あなたは今、グランドにいるのよ!』
楽しいな……
監督が褒めてくれるんだ……
友達もすごいって言ってくれる……
プロ野球選手になれるって……
『夢に落ちたらダメ! しっかりして!』
でも、ズルしてごめんなさい……
悪いってわかってるけど、仕方がないんだ……
ごめんなさい……ごめんなさい……
本当にごめんなさ……い……
…………
……
あれ?
……………………なんだこりゃ?
ちょちょちょっと待ったぁ!
『志賀くん?』
『ひ、平泉か?』
『はぁ、やっと戻って来てくれた!』
『お前、なんちゅうモノを見せるんだ』
『私だってイヤかな。でもこうでもしないと、志賀くんが……』
青空にダブって見えたのは、平泉の姿だった。しかもブラジャー……控えめな谷間……
『これ、いつの?』
『今よ! トイレで鏡に映した自分を見てるの!』
『テレパシーって映像も送れるんだな。今日も白かぁ……やっぱ白はいいなぁ……』
『そこに感心しないで! っていうか「今日も」ってどういうこと?』
『い、いや別に……なんでもねえよ。せっかくですので、その先もよろしくお願いいたします……』
「志賀くんのバカ! はい、終わり!」
気づくと俺はタンカで運ばれているようだった。というのは俺の視界は未来しか映っていないから、俺の主観で言うとただ視界の中を景色が流れていくような格好になる。
「ちょ、ちょっと待ってください。タンカの揺れが頭に響くらしくて、イタタ」
目には見えないタンカ係(多分、球場職員さんかな)の人に言って下ろしてもらい、トイレに駆け込んだ。
『平泉、今どこだ?』
頭の中で強く念じた。
『ここ』
男子トイレのドアが開く音がした。しかし、誰の姿も見えない。
「どこだよ」
「志賀くんの目の前かな」
そうか、俺の視野に入っている映像は未来のものだった。確かに人の気配を隣に感じた。
「お前、男子トイレだぞ」
「もう慣れちゃったかな」
「どこ行きゃ、ニュースが見れるかな?」
「とにかく現場に行こう!」
俺は平泉に腕を引かれて男子トイレを出た。こうしないと、人にぶつかってしまうからだ。目が見えているのに見えていない、まあ、そんな意味不明の状態なわけだ。
平泉は球場を出ると大通りでタクシーをつかまえた。
「暗夜峠の方にお願いします」
相変わらず俺は平泉の姿も見えないしタクシーの車体も見えない。もっと言うと自分の体さえ見えない。
ワープしているかのように視界だけがビュンビュン移動していく。当然、未来に同じ場所を走っている車をすり抜けたりして気持ち悪い。視界だけ未来に飛ぶってこんなこともあるのね……。
『すごいことになってるね』
平泉の声が響いた。そうか、こいつは俺が見ている未来のビジョンを共有することができるわけだ。
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