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04.

いつもは睡眠時間と決めている四限目の授業中、俺は平泉の横顔を見ていた。窓際の席の前から二番目。窓から差しこむ光で長い髪のシルエットが輝いている。


 壇上では古典のジジイ教師がボソボソと独り言のようにつぶやき、教室中に強烈な眠気が充満している。


 こんな拷問のような授業でも、平泉はあくびの一つもしやしない。ひたすらノートをとっていた。


 髪が邪魔になるのか、時折、サッとかき上げる仕草をする。それが妙に大人びて見える。


 ぱっちり二重にすっと通った鼻。唇もほどよく……今までほとんど存在を意識したことすらなかったが、よく見ると結構、可愛かったりしねえか?


 不覚にも見惚れていたら、急に平泉がこっちを向きやがった。


――やばい、ガッチリ目が合ってしまった!


 しかし、ここで目を逸らしては同じ失敗を繰り返すだけだ。


 俺は必死に平泉の強烈な目力に抵抗を試みた。できることなら即座に土下座してこの場から逃げてしまいたい、そんなことを考えてしまう自分の弱さを呪いながら。


 どれくらいの時間が経っただろう。俺の体は絶望的長さに悶えていたが、実際はほんの数秒か。


やがて、平泉は軽蔑という刃で俺を串刺しにして、黒板に視線を戻した。


 俺は脱力して机の上に突っ伏した。不毛な戦いだった。


 しかし、状況はますます悪化してしまった。これはまずい。


 今、俺は甲子園出場を懸けた大事な戦いの真っ只中なのだ。そして、甲子園で活躍し、その後にはプロ野球という夢の舞台が待っている。


こんなところで、変な噂でも立てられたらたまったもんじゃない。アイツは自分から人に言いふらしたりはしないだろうが、今朝は周りに大勢のギャラリーがいた。そいつらが平泉に真相を尋ねるかもしれない。誤解を解いておく必要がある。


と、いうわけで、こんな時こそ、ビジョンの出番ってもんだろう。


――シミュレーション開始


 昼休みまであと三十分といったところ。わりと強い刺激が必要だ。


 力いっぱい親指で眉間を押してみた。ふわっと視界が白くなりビジョンがやってきた。


 黒板を見ながらノートをとる平泉の姿が浮かび上がってきた。時計に目をむけると十二時ちょうど。あと二十分足りない。頭をぶるんぶるん振って、現在進行形のステータスに戻る。ちなみにこれがビジョン解除の方法だ。


さて、どうしたものか……


 俺は自分自身にデコピンをすることにした。並のデコピンではダメだ。


 右手がプルプルするくらいまで力を溜め、一気に振りぬく。確かな手ごたえと共にビジョンがやってきた。


 視界の中で生徒たちがジャレあっている。昼休みに違いない。


 平泉の席に目を向けると、俺がやってきた。もちろん未来の俺だ。ちなみにビジョンは未来の俺が見ている映像が見えるのではない。今、俺がいる場所からの視点で未来を見るということなのだ。つまり、この場合、俺は俺自身を客観的に見ることになる。


 未来の俺は窓の外をぼんやりと見ている平泉に何か話しかけた。ビジョンでは音は感知できない。が、恐らくこうだ。


――いつも何見てんだ? 何か面白いもんでもあるのか? 


 なぜなら今の俺が、そう言おうと思っているからだ。


 平泉が俺の方を見た……と思ったらビジョンが揺らぎ、現在に戻ってしまった。再び力の限り眉間を指ではじく。


 俺と平泉が見つめ合っている。平泉の唇が小さく動く。何を言っているんだ?


 平泉は立ち上がり、教室を出て行った。きっと良からぬ結果を生んだに違いない。なぜなら立ち尽くす俺の顔は敗北者のそれだったからだ。


 プランAは失敗に終わった。あのような自分の憐れな姿を客観的に見るのはつらいものだ。しかし、失敗は次の戦いの糧にせねばならない。


 状況から判断するに、俺の問いかけに続く会話はこのようなものだったろう。


――別に何も見てない


――何も見てないってことはないだろう? 


――そうね。景色を見てるわね。でも、見たくて見てるわけじゃないの。見たくないものから目を背けてるだけ


――見たくないもの? 


――あなたよ、志賀君。私のパンツを覗こうとするド変態のフシダラで間の抜けた気持ちの悪い顔よ


――えー! 


 別に俺は真性ドMではないし、未だ覚醒せざるその予備軍でもない。従ってこの想像は願望という類のものではないということを断わっておく必要があるだろう。十分に客観的妥当性を備えた分析の結果だ。


 俺は弱気になっている自分に気づいた。こんなのは俺ではない。小細工などせずに正面からぶち当たればよいのだ。今までずっとそうやってきたではないか。


――パンツを見せてくれないか?


 いや、違う。


――平泉、あれは誤解だ。スポーツマンとして誓って言う。俺は無罪なんだ。


 これだ。これでいい。


 再びデコピンを眉間に放ち、ビジョンを呼び寄せる。しかし、プランBも同様の結末を迎えた。とりつくシマがない。


――古典のノート見せてくんない?


――一緒に昼飯どう? 


――今朝はいろいろあったけど水に流そうか


――好きな男のタイプは? 芸能人で言うと?


――お前って意外と可愛いよな


――あ、UFO!


――手相の勉強してるんだが、ちょっと見せてくんね?


――今度の衆議院選挙、どこの党応援する?


――風呂に入った時どこから洗う?


 という感じで言葉を変えてプランKまでトライした。つまり全部で十一回、強烈なデコピンを自分に見舞ったという訳だ。おかげで眉間が腫れてしまった。


しかし、成果はゼロ。平泉のリアクションは全て同じだったのだ。突き刺さるような視線を俺に浴びせ、立ち去っていった。どっと疲れたし、結構傷ついた。


 とりあえず今のところは打つ手なしだ。



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