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39.

スタンドを見る。祈るような顔をして平泉が俺を見ていた。傍から見れば、野球部の応援に熱心なJKに見えるんだろうな。


「熱闘甲子園」とかの番組のインサートにオススメだ。平泉、かわいいし。と思ったら


『そういう思考は後にして』


 と平泉の声が頭の中に響いた。


 そう。平泉と俺の意識はずっとリンクしたままだ。だから、俺の考え、平泉の考えは全て共有されている。


 作戦会議が終わり、ショートの定位置に戻ると我慢できなくなった空から雨粒がポツポツと落ちてきた。


 そして、一気に雨足は強くなっていく。


 まずい、これではいよいよ捜索活動はきびしくなる。


 バッターボックスで意地悪そうな顔をいっそう歪めている森と対峙する与謝野。ここは試合の正念場だ。すまん、平泉。一瞬だが、意識を試合に集中させてもらうぞ。


 一球目はカーブが外にはずれた。森はやすやすと見送った。二球目、内角ストレートを森はファールにした。


三球目、同じコースにストレート。今度は森は見送ってストライク。1ボール2ストライクと追い込んだ。2ボールにはしたくない。次が勝負球だ。


 与謝野は帽子のつばを少し上げて内野の応援席を見た。そこにはGカップの女神様がいる。


 与謝野がセットボジションに入った。一瞬、目が合う。


 頼むぞ、与謝野!


 与謝野の球は、カーブ。内角からストライクゾーンへと甘く入ってきたのを森は見逃さなかった。


 打球は左中間を深々とやぶる。


 ランナーが一人かえり、二人、かえった。


 三人目がサードベースをまわった。


 センターからの返球を中継に入る。


 俺は、ありったけの力を込めてキャッチャーめがけて投げた。


 ランナーとキャッチャーがもつれるようにして倒れこむ。


「セーフ!」


 森が三塁ベースでガッツポーズするのが見えた。走者一掃のスリーベース。


 スコアは3ー2。逆転されてしまった。


 気づくと、激しい雨がグランドをグチャグチャにしていた。


俺は怖くて与謝野の方を見ることができなかった。もし、アイツがうなだれていたら、この試合はもう……


とその時、何か違和感を感じた。単純に空気が変なのだ。どう変かというと……サードもセカンドもファーストもキャッチャーもニヤニヤしている。


「どうしたんだ?」と目でセカンドの室生にサインを送ると、顎をしゃくって内野の応援席を指した。


 そこには……チアガール姿の由美莉がいた。十人いるチアガールたちの一番端っこでボンボンを振って踊っている。


いつの間に覚えたのか、動きは完璧だった。破壊力抜群の胸がゆっさゆっさ揺れている。GLORYのG。栄光のGカップ。これは、由美莉の体を張ったサプライズなのだろう。


ベンチに入れなかった部員たちが応援ウチワの「必勝」の部分をはがすと、下から「G」が現れた。そして、ウチワを振りながら「G」コールを始めた。


 わ、わ、わ、あいつら何てことを……。


 と思ったら、由美莉は平然と踊りを続けている。由美莉が激怒しないところを見ると、由美莉も承知のことなのか。


デカ乳コンプレックスのアイツがここまでするとは。やはり、腹のくくり方に関しては死んでも女にかなわない。


 このカラダを使ったエールは、イケメンむっつりスケベのエース殿に確かに届いたようだ。


スタンドをあっけにとられたように見ていた与謝野は、マウンドで大爆笑を始めた。そして、俺と目が合うと、小さく頷いた。


――そっか。もう大丈夫なんだな


 与謝野は三者連続三振で後続をおさえた。



       ×     ×     ×



 六回の攻防が終わると雨はさらに勢いを増し、試合は中断となった。


 対策を講じる時間はできたが、土砂崩れの危険も高まる。子供は無事でいてくれるだろうか?


 俺は、トイレの鏡の前に立っていた。額は腫れあがり、血が出ている。再び、壁に頭を打ちつけようかと思ったが、同じ結果になるだけだ。


 と、トイレのドアが開き、平泉が入ってきた。


「志賀くん……血、出てる」


「大丈夫だ。それより、よく入ってこれたな」


「簡単だよ。警備員の心を読めば、スキはいくらでもつけるかな」


「ハハ、お前いつからスパイになったんだよ……」


 少しでも明るくいたかったのに、キレのない軽口はかえって絶望的な状況を浮き彫りにしたようだ。俺と平泉の間に横たわる空気がズシリと重くなった。


「ごめんなさい。大事な試合なのに……」


「お前が謝ることじゃねえよ」


「志賀くん……」


「クソッ」俺は鏡の中の自分を拳で叩いた。当然だが、鏡の中の俺はよけなかった。


「!」


 そうだ。よけなければいいんだ。つまり、デッドボールを顔面にくらえばいい。


『それは、危険すぎる』


 いつの間にか、平泉は俺とリンクさせていたようだ。


「大丈夫。死にゃしないさ」


「死ぬかもしれないって! だいいち、うまく眉間に当てられるの? あんな速い球を」


「眉間にジャストヒットしなくても、そこにそれ相応の衝撃があれば未来に飛べるんだ。間違いない。由美莉のヤツに分殴られたってたまに、ビジョンが見えるくらいだからな。それとも、他に方法あるのか?」


「それは……」


「デッドボールの衝撃なら多分、まるっと一日は飛べるだろう。ましてや超高校級ピッチャー森の球だ。もっと遠くに飛べるかもしれない。そうすりゃ、子供が見つかっている可能性も高まるだろ?」


「そうだけど……」


「でも二つ問題がある。一つ目は森がノーコンじゃないってことだ。まず、デッドボール自体ほとんどない。ま、自分から当たりにいけばなんとかなるか。二つ目が難しい」


「難しい?」


「さすがに頭にデッドボールをくらったら、俺はビジョンどころか、意識自体が飛ぶかもしれない。そしたら、ビジョンも消える。でも意識を保てたら、絶対ビジョンを維持してやる。子供に関する情報を掴むまでな。平泉、俺の意識が飛ばないように、リンクしたまま俺に声をかけ続けてくれ」


「うん、わかった。でも、試合はどうなるの?」


「……与謝野がいるよ。アイツなら、アイツになら……任せられる」

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