38.
……え?
『ごめん、さっきからリンクさせてもらってる』
平泉の声だ。そうか、さっきの立ちくらみは平泉と俺の意識がリンクしたのが原因ってわけか。
『おい、じゃ、俺が今考えてたこと……』
『全部、覗いちゃったかな』
『はぁ、なんてこった』
『ごめんなさい』
『で、何の用だ? 俺に用があるからリンクしたんだろ?』
『助けてほしいの』
『助けるってどうやって……今、試合中だぞ』
『分かってる。私、今球場にいる』
『どこだ』
『スタンド』
「え?」
と、トイレのドアが開いて与謝野が入ってきた。
「直人、大丈夫か? チェンジだぞ」
「ああ、分かった。すぐ行く」
グランドに出てショートのポジションについた。スタンドを見渡す。
『ここ、三島さんの近くかな』
平泉の声に従って目をやると由美莉の隣の隣に平泉がいるのが分かった。
『説明してくれ』
『今朝、病院に意識不明で運び込まれた男性がいたの。車で山の中を走っていて、カーブを曲がりそこねてガードレールにぶつかったみたい。そして崖の下に落ちたようなんだけど、一緒に乗っていた5歳の子供がまだ行方不明なの。お父さんはまだ意識が戻らないけど、心の中で叫び続けているの「息子を助けてくれ」って』
『で、俺はどうすればいいんだ?』
『未来のニュースをチェックして、子供の居場所を突き止めてほしいかな』
『突き止めるって、警察が探してるんじゃないのか?』
『探してるけど、あの峠はかなり深い渓谷の上を道路が走ってるから、急斜面で簡単に立ち入ることができないみたいかな。これはニュースの情報。私、お父さんの心を読んだら、子供は喘息持ちで発作が起きたから病院に急いで連れて行こうとしていて、その途中で事故に遭ったみたい。だから、時間がないの!』
『一つ聞くが、お前はその子供と意識をつなげられないのか?』
『無理かな。一度会ったことがある人じゃないと……』
『そうか』
状況は分かった。しかし、どうすりゃいいんだ!
× × ×
夏の天気は移ろいやすい。
さっきまでの青空はどこへやら。球場の上空がドス黒い雲で覆われた六回裏。
それまで完璧だった与謝野のピッチングに変化が起きた。
先頭打者を今日初めてのフォアボールで出すと、次のバッターにセンター前ヒットを打たれノーアウトで三塁と一塁にランナーを背負った。
そして迎えるは高瀬工業のクリーンナップ。三順目で高瀬工業打線もそろそろタイミングが合ってくるころかもしれない。
そう与謝野も感じたのか、三番に対しては完全に逃げ腰になり、ストレートのフォアボール。ノーアウト満塁で高瀬工業の四番、意地悪そうな顔の森がバッターボックスに入った。
タイムをとって、内野全員が集まる。監督からの指示は定位置での守備。
一点は諦めて、ダブルプレーでアウトを稼ぐという作戦だ。リードは二点。ここは一点でしのぎたいところだ。
しかし、俺の気持ちは試合どころではなくなっていた。
五回表、六回表と味方が攻撃している間に手は打ってみた。
トイレに駆け込み、壁に勢いよく頭を打ち付け、ビジョンを開いた状態で、未来の世界でスマホの記事をチェックしているヤツを球場の外まで探しに行った。
くどいようだが、ビジョンは今俺が見ている視界の中でしか未来の様子は分からないのだ。
それに、見るだけで影響を及ぼすことはできない。だから、ビジョンを開いた状態で自分のスマホで未来の記事をチェック、なんてことはできない。
俺の目は未来を見ても体は現在にしかないのだ。歩けばビジョンが見せる未来の視界の中にいない現在の人間とぶつかりもするが、やるしかない。
ビジョンが飛んだ未来でたまたまスマホで事故の記事を見ているヤツを探し、手元を覗き込む以外、俺に出来ることはないのだ。
しかし、壁に頭を打ち付けるくらいではせいぜい4~5時間飛ぶのがせいぜい。
たまたま、球場の駐車場に停めた車の中でスマホをいじっていたおっさんが事故の記事を見ていたが、未だ子供は行方不明のままだった。
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