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36.


 試合開始を告げるサイレンが鳴った。両校整列して礼をする。


 隣に立つ与謝野の顔を見たが、何を考えているのかさっぱり分からない。つまりは無表情だった。


グランド練習の間も俺は気もそぞろで与謝野を見ていた。誰よりも声を上げ、誰よりも練習に集中しているようだった。つまりはいつも通りの与謝野に見えたのだ。


 ベンチに戻ると与謝野は真ん中の最前列に座った。どこまでもいつも通りだ。


 我が透谷高校は先攻。高瀬工業の先発はプロのスカウトからも注目を集める本格派右腕の森だ。


 150キロ近いストレートと大きく曲がるカープが武器だ。しかもコントロールも一級品ときたもんだ。過去の対戦は一度だけ。


 その時、俺は四打数で二本のシングルヒット。ビジョンで軌道が分かっていても打つのは簡単じゃない。難敵であるのは間違いないが、それ以上に見るからに意地悪そうな顔をしているのが気に食わない。


 ちょっとしかしゃべったことはないが人を見下したような話し方をする野郎だ。


 監督からの指示はストレート狙い。カーブは捨てる。しかし、いきなり一番と二番が全球ストレートで三球三振に切って取られた。


「いつもより速くねえか」「狙い球変えた方がよくね?」ベンチ内がざわつくほどのキレだ。透谷の一、二番は川端と遠藤。厳しい球もファールにでき、フォアボールも選べるねちっこい奴らなんだが……。


 こりゃ点取るの難しそうだわ。


 というわけでバッターボックスには与謝野。俺はネクストバッターズサークルに入った。


 与謝野は初球をバント。見事に勢いを殺して三塁方向に転がした。間一髪セーフ。与謝野は足も速い。


 心配して損した。与謝野はいつも通り冷静だ。俺は余計な心配をしたってことか。


「四番、ショート志賀くん」


 どこから声を出してんのか分からないようなウグイス嬢のお姉さんのアニメ声に送られバッターボックスへと向かう。


 内野の応援席では例の応援ウチワがたくさん揺れていた。由美莉の姿が目に入る。表情までは分からない。アイツは今、何を思っているのだろう。


 バッターボックスに入り、森と対峙する。やっぱりこいつの顔は好きになれない。


 与謝野は大胆なリードをとって森を挑発していた。なるほど、確かにあの意地悪そうな顔のピッチャーに付け入る隙があるとすれば、プライドの高い性格だ。


 イライラし始めると分かりやすく顔に出る。そして、コントロールが乱れるのだ。


 ストレート狙いとかメチャクチャアバウトな監督の作戦より、よっぽど与謝野のやり方の方がクレバーだ。アイツが監督やった方がいいんじゃね?


 さっそく牽制球。与謝野は素早く一塁に戻る。そして、さっきよりもっと大きなリードをとった。


 森はさっそく汗をだらだらかいて唇の端を醜く歪めている。再び、牽制。与謝野は一塁へスライディング。まだまだ余裕がありそうだ。


 森は牽制がうまくない。本人が自覚しているかどうかは知らないが、与謝野が仕留められることはまずないだろう。森はロジンバックを乱暴に投げ捨てた。与謝野の術中にはまりつつあるぜ。


 俺は眉間を指で押した。視界が白く包まれる。久しぶりの感覚だ。なるほどなるほど。


 森の初級はカーブだった。今日初めて投げるカーブ。確かによく曲がっているが、コースが甘い。これは与謝野効果なのかもしれない。


 ビジョンから戻ると、森が振りかぶった。俺は初球から狙っていくことに決めた。さっそく監督の作戦を無視することになるが、どうでもいいか。軌道は頭に入っている。大丈夫だ。


 森の指先から放たれたボールは弧を描いて外角やや真ん中よりのコースへと流れていく。後は自分の頭の中にあるスイングのイメージと体の動きをシンクロさせるだけ。


 しまった! 


 金属バットを伝って腕に衝撃が走る。芯でとらえていない証拠だ。やはり久しぶりで勘が鈍っているらしい。


 レフトフライか……そう思いながら一塁ベースに向かって走っていた。


 しかし、レフトがどんどんバックしていく。そして、フェンス際でジャンプ。打球はその少し上を越えてフェンスに直撃。自分でも驚いたが、これは風のおかげだろう。


 この県営球場は海のそばにあるから風の影響を大きく受けるのだ。


 与謝野がホームベースを踏んだのを確認し、悠々と二塁まで到達。ベンチを見るとチームメイトたちがまるで勝ったみたいに小躍りしている。森はマウンドで土を蹴っていた。


 俺は、由美莉に向かって拳を突き上げた。由美莉はほほ笑んだように見えた。遠過ぎてはっきりとは分からなかったが。

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