表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/43

35.

 県営球場に到着すると、一足先に来ているはずの由美莉の姿を探した。


ゲートの周りはもう人混みでいっぱいだ。今日の試合の注目度の高さを改めて思い知らされる。


 由美莉は自分の体がスッポリ見えなくなるくらい大きな段ボール箱を抱えてスタンドへの階段を上がろうとしていた。


「由美莉!」


 俺が呼びとめると由美莉は苦しそうな顔で振りむいた。


「ててて、手伝わなくていいし。ななな直人はあああアップして!」


 やせ我慢がバレバレだ。膝がガクガクしてるじゃねえか。


 俺は駆け寄り由美莉から段ボールを奪い取った。確かに重いわ、これ。


「いいって言ってるのに」


「こんなのお前一人じゃ無理だろ。二年のマネージャーに手伝わせろよ」


「マネージャーはマネージャーでいろいろやることあるの。二年生だってサボってるわけじゃないんだから」


「何入ってんだ?」


「応援ウチワ」


 由美莉は段ボールから一つ取り出すと自慢げに俺に見せた。表には『透谷』。裏には『必勝』と赤い字で書いてある。元の骨組みがボロいのが丸わかりだが、綺麗に繕ってあった。


「全部で千個。大変だったんだから、作るの」


「業者に頼めばよかったんじゃねえの?」


「そんなお金どこにある?」


「ねえな」


「ウチは名門でもなんでもないんだから。貧乏野球部はマネージャーが支えなきゃダメなの」


 そう言う由美莉の顔は誇らしげだった。当たり前だ。由美莉たちマネージャーがどれだけ苦労してきたか俺は知っている。


 汗くせえ俺たちのユニフォームの洗濯からネットやボールの補修、そして草むしりまで。俺がその立場だったら間違いなく、やってらんねえ、だ。


「きっと来年は、後輩たちはこんな苦労しなくて済む」


「なんで?」


「俺たちが甲子園行けばOBがいっぱい寄付してくれるだろ? 部費も増えてウチワもボールもネットもみんな新しいヤツが買える」


「そういうのをとらぬ狸の皮算用っていうの」


「でな由美莉、ちょっと話あんだけどいいか?」


「え? うん。なに?」


「えー、とりあえずこれ、運んでからな」


 内野スタンドの応援席に段ボールを置くと、俺は「忙しいんだ」「今ここで話せ」と文句をたれる由美莉を強引に連れて駐車場に戻った。


 人目につかないところを探す。ロッカールームにつながる通路の脇に死角を見つけた。


「なに? この人気のない場所」


 由美莉は完全に訝しげな表情だ。


「景気づけにおっぱい揉ませろって言うつもり?」


「んなわけねーだろ!」


「去年は言った」


「あれは冗談だろ」


「うそつけー」


「ま、揉ませてくれてたら勝ってたかもな」


「鈍器で殴るよ」


「ごめんなさい」


「で、なに?」


「与謝野のことだよ」


「……」


「アイツ、弱気になってるからさ、お前いっちょ気合い入れてやってくんね?」


 俺がそう言ったとたん、由美莉の顔から表情が消えた。


 あれ……?


 何で黙りこむんだ? そこは「がってん了解! ヨサっちのお尻ひっぱたいてくる!」じゃねえの?


「そんな簡単に言わないでよ」


「……は?」


「だから、できないって言ってんの」


 由美莉は立ち去ろうとした。俺は由美莉の腕を掴んだ。


「なんでだよ? 意味わかんねーし」


「はなしてよ!」


「やだよ! ちゃんと説明しろって」


「……」


「与謝野とケンカしてんのか?」


 由美莉は髪を振り乱しながら思いっきり首を振った。


「お前がちゃんと言うまではなさねえからな」


「……ヨサッちから告られた」


「……いつ?」


「おととい」


「で? お前は?」


「返事してない」


「与謝野のこと、好きじゃないのか?」


「何でこんな時に……」


「は?」


「私、何て言えばいいのよ?」


 俺はその時、向けられた視線を生涯忘れないだろう。由美莉の瞳はこれまで見たこともないほどの怒りを湛えていた。


 しかし、それは与謝野に向けられたものでないことを俺は理解した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ