35.
県営球場に到着すると、一足先に来ているはずの由美莉の姿を探した。
ゲートの周りはもう人混みでいっぱいだ。今日の試合の注目度の高さを改めて思い知らされる。
由美莉は自分の体がスッポリ見えなくなるくらい大きな段ボール箱を抱えてスタンドへの階段を上がろうとしていた。
「由美莉!」
俺が呼びとめると由美莉は苦しそうな顔で振りむいた。
「ててて、手伝わなくていいし。ななな直人はあああアップして!」
やせ我慢がバレバレだ。膝がガクガクしてるじゃねえか。
俺は駆け寄り由美莉から段ボールを奪い取った。確かに重いわ、これ。
「いいって言ってるのに」
「こんなのお前一人じゃ無理だろ。二年のマネージャーに手伝わせろよ」
「マネージャーはマネージャーでいろいろやることあるの。二年生だってサボってるわけじゃないんだから」
「何入ってんだ?」
「応援ウチワ」
由美莉は段ボールから一つ取り出すと自慢げに俺に見せた。表には『透谷』。裏には『必勝』と赤い字で書いてある。元の骨組みがボロいのが丸わかりだが、綺麗に繕ってあった。
「全部で千個。大変だったんだから、作るの」
「業者に頼めばよかったんじゃねえの?」
「そんなお金どこにある?」
「ねえな」
「ウチは名門でもなんでもないんだから。貧乏野球部はマネージャーが支えなきゃダメなの」
そう言う由美莉の顔は誇らしげだった。当たり前だ。由美莉たちマネージャーがどれだけ苦労してきたか俺は知っている。
汗くせえ俺たちのユニフォームの洗濯からネットやボールの補修、そして草むしりまで。俺がその立場だったら間違いなく、やってらんねえ、だ。
「きっと来年は、後輩たちはこんな苦労しなくて済む」
「なんで?」
「俺たちが甲子園行けばOBがいっぱい寄付してくれるだろ? 部費も増えてウチワもボールもネットもみんな新しいヤツが買える」
「そういうのをとらぬ狸の皮算用っていうの」
「でな由美莉、ちょっと話あんだけどいいか?」
「え? うん。なに?」
「えー、とりあえずこれ、運んでからな」
内野スタンドの応援席に段ボールを置くと、俺は「忙しいんだ」「今ここで話せ」と文句をたれる由美莉を強引に連れて駐車場に戻った。
人目につかないところを探す。ロッカールームにつながる通路の脇に死角を見つけた。
「なに? この人気のない場所」
由美莉は完全に訝しげな表情だ。
「景気づけにおっぱい揉ませろって言うつもり?」
「んなわけねーだろ!」
「去年は言った」
「あれは冗談だろ」
「うそつけー」
「ま、揉ませてくれてたら勝ってたかもな」
「鈍器で殴るよ」
「ごめんなさい」
「で、なに?」
「与謝野のことだよ」
「……」
「アイツ、弱気になってるからさ、お前いっちょ気合い入れてやってくんね?」
俺がそう言ったとたん、由美莉の顔から表情が消えた。
あれ……?
何で黙りこむんだ? そこは「がってん了解! ヨサっちのお尻ひっぱたいてくる!」じゃねえの?
「そんな簡単に言わないでよ」
「……は?」
「だから、できないって言ってんの」
由美莉は立ち去ろうとした。俺は由美莉の腕を掴んだ。
「なんでだよ? 意味わかんねーし」
「はなしてよ!」
「やだよ! ちゃんと説明しろって」
「……」
「与謝野とケンカしてんのか?」
由美莉は髪を振り乱しながら思いっきり首を振った。
「お前がちゃんと言うまではなさねえからな」
「……ヨサッちから告られた」
「……いつ?」
「おととい」
「で? お前は?」
「返事してない」
「与謝野のこと、好きじゃないのか?」
「何でこんな時に……」
「は?」
「私、何て言えばいいのよ?」
俺はその時、向けられた視線を生涯忘れないだろう。由美莉の瞳はこれまで見たこともないほどの怒りを湛えていた。
しかし、それは与謝野に向けられたものでないことを俺は理解した。




