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33.

『お前、それでいいのか?』


『友達いなくても、私、こうやって病院で意思疎通ができない人たちの心の声を聞いて、それとなく家族の人たちや病院のスタッフの人たちに伝えてると、世の中の役に立ってるって思えるかな』


『じゃ、お前のそのチカラのことは、みんな知ってるのか?』


『ううん。知らない。第一、信じてくれないよ。だから、うまくやらないとダメかな。健介くんとはバイトで知り合ったってことにしてあるし、他の人たちも』


『他の人たち?』


『うん。この病院だけで、あと三人。隣の市の病院にはもう二人。私がリンクでつながっている人がいるかな。みんな意識がないように見えて、心の中でいろんなことを訴えてるの。家族に感謝している気持ち、謝りたい気持ち。話しかければこちらの声も聞こえているんだよ、だからこそ苦しいの。自分の気持ちが表せないことが』


『それをお前が伝えるのか?』


『そう。「昔、●●さんは、こんなことを言ってましたよ」とかウソついてね』


『お前、すごいな』


『……何でこんな能力を私が持っているのかは分からないけど、持っている以上はみんなの役に立てなきゃいけないでしょ?』


『……テレパシーだと饒舌なんだな、お前。いつもはすっげえ無愛想なくせして』


『私のこと、気味悪いかな?』


『そんなことあるわけねえだろ』


『さっきも言ったけど、私一回も志賀くんに対して使ってないから。……信じてほしいかな』


『信じる……いや、信じざるを得ないよ』


『え?』


『だってさ……』


 俺は、ビジョンのこと、平泉を救ったことでビジョンを失ったこと、そのあとの平泉へのミッション、全てを頭の中に思い浮かべた。


『お前に近づいたのはこういう訳だ』


 平泉は、驚きの表情を浮かべるでもなく、ただ茫然としていた。


「平泉……」俺は声に出してそう言った。


 平泉は、耳たぶをそっとつまんだ。意識のどこかで何かがはじけた。それは俺と平泉のリンクがはずれたことを意味していた。


 どれだけの時間がたっただろう。二人、目を逸らしたまま座っていた。突然、平泉が俺の腕を掴んで立ち上がった。


 平泉に付いて行くとそこは車いす用トイレだった。


中に入るなり、平泉はカギを閉め、ブラウスのボタンをはずし始めた。平泉がやろうとしていることに俺は即座に気づいた。


「い、いや、別に脱ぐ必要はないんだ」


 平泉は恥ずかしそうにはだけたブラウスを手で隠した。薄ピンクのブラの胸元についているリボンが隙真から覗いていた。


平泉は目を閉じた。


「いいよ」


「……」


「……」


「……」


 俺はゆっくりと平泉に近づいた。毅然としているようだが、平泉も怖がっているのが伝わってきた。


必死でその気持ちを表に出さないようにしていた。俺は罪悪感でいっぱいになった。


 平泉の推定Bカップがすぐそこにある。文字通り目と鼻の先に。


 平泉は一瞬、顔を強張らせた。


 俺は目を閉じた。せめてもの誠意のつもりだった。どんどん近づいてくる。平泉の胸が俺の顔に。


それはほんの三十センチほどのはずだったが、ずいぶんと長い距離に感じられた。そして、甘い香りとともに柔らかな感触が俺の額に訪れた。


その瞬間、頭の中で何かが弾けるような音がし、俺はビジョンが回復したことを悟った。


「……どう?」


「ああ、戻ったみたいだ」


「そう」


 平泉の横顔は、打ちのめされているように見えた。他でもない、俺がコイツの心をもてあそんだからだ。


「やっぱり私、友達つくっちゃダメだったかな」


 平泉の小さな声が聞こえた。


 ガラガラ……バタン。


 平泉は静かにそこを立ち去った。

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