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31.


「だ、大丈夫?」抱き合ったような状態のまま心配そうに平泉が俺の顔を覗き込んだ。


「ああ、椅子がボロ過ぎたみたいだな」と言いつつ俺は、そっと眉間を押さえた。


 頼む。ビジョンよ、戻って来てくれ!


 しかし、視界は何も変わらなかった。平泉を受け止めた時に感じた柔らかい感触、それは確かにあったのだが、眉間というより鼻っ柱の部分にぷにぷにした感触を得ていたのに俺は気づいていた。


 場所がずれたのだ。やっぱりか、チクショウめ!

 

 失敗の原因は明らかだ。本来俺の動体視力をもってすれば造作もないことだが、平泉と目があった時、ほんの一瞬だが思考が停止してしまったのだ。


 つまり、ドキっとしたわけだ。どこまで俺は女に対する免疫がないのだ。


 いや、違う。女というだけではないのだ。それは平泉だったから、俺はそうなったわけで。認めよう。はっきり言って平泉はかわいい。っていうか早く顔をどけてくれ、近い近い。


 平泉は身を起こすと、体育倉庫を見回した。


「他に使えそうなもの、ないかな」


「跳び箱をずらして持ってくるか。一個一個バラさないと重くて動かなそうだが……」


 俺は姉貴のようにプランBなど用意していない。いきあたりばったりだが跳び箱で同じようなシチュエーションをつくるしかない。どうすればいい? 頭を働かせるんだ!


 ふと、平泉を見ると、茫然と立ちつくしていた。さっきまでの様子とは明らかに違っている。


「どうした?」


「私、行かなきゃ」


「行くって、どこへ? っていうかここをまず出ないと」


 平泉は、急に焦りの色を見せ、目の前にあったボールカゴを窓の下に動かし、その上に登ろうとした。


「ちょっと落ち着けって。こんなのの上に乗ったらあぶねえって」


「早く行かなきゃいけないの。病院に」


「病院? 親父さんか?」


 平泉は首を振った。


 明らかに様子がおかしい。こんなに我を忘れている平泉は初めて見る。


「志賀くん、携帯貸してくれないかな?」


「ああ、いいけど」


 ポケットから携帯を出すと、平泉はひったくるようにしてそれをつかんだ。


「もしもし、大江さんですか? 平泉鏡香です。急いで病院に行ってください! 健介くんのところへ! ……え? 違います。そうじゃなくて。とにかく、今は私のことを信じて下さい。お願いします」


 平泉は電話を切ると、苦しそうに目をぎゅっと閉じ、携帯を両手で握りしめた。


「平泉、平気か? 一体……」


「人が、死にそうなの」


「え……マジかよ。知り合いなのか?」


「うん、まあ。とにかく私、早く行かなきゃ」


「よし、じゃ俺の肩に乗れ。肩車だ」


 俺が腰を落とすと、平泉は躊躇なく俺の肩にまたがった。この期に及んで頬に平泉の太ももがあたり、平泉のお尻の暖かさを首で感じることに興奮している俺はさておき、平泉は見事に、窓を開けてそこに自分の体を滑り込ませた。


 パンツが丸見えという次元を越えた乱れっぷりで、俺は成功を確信すると目を逸らした。


「そこから飛び降りれるか?」


「うん。志賀くんは?」


「ば~か。俺は体育会系のムキった体の持ち主だぞ。一人ならどうにでもなる」


 バサッ。平泉が飛び降り、着地したようだ。音からするに草がけっこう茂ってるようでなによりだ。


「大丈夫か?」


「うん」


「ちょっと待ってろ」


 俺は、転がっていた椅子を踏み台にジャンプし、梁をつかんだ。


 そこから体を前後に揺らして、体操選手ばりのテクニックで窓に飛びついた。窓の外を見ると、平泉がこちらを見上げていた。


 一瞬、ここからジャンプするときに、よろけたフリをして平泉の上に落っこちて……などと考えたが、やめた。詳しい事情は分からないが、今はそんな時ではないのは確かだ。


 ぼーぼーの草の上に飛び降りると、平泉に言った。


「俺が、病院まで送ってやるから」


 アテがあった。人でなし新聞部、井伏はチャリ通学だ。そいつを拝借すれば、坂を一気に下って二十分で着く。


 自転車置き場に行くと、井伏の趣味の悪いショッキングピンクのクロスバイクがあった。やはりまだ姉貴に調教されているらしい。


「これ、志賀くんの自転車なの?」


「なわけねーだろ。こんなに趣味わるくねえって、俺。とにかく、これは勝手に借りたって大丈夫だ」


 キーロックの暗証番号も知っている「0721」。


 井伏のバカがネタにしてよく言っていた。「俺のチャリはオナニー号だ」って。とことん、バカなやつだ。


「乗れよ」


 平泉は、荷台に腰かけ、俺の腰に手を回した。


「飛ばすから、しっかりつかまってろ」


「うん」


 オナニー号は俺と平泉を乗せ、さっそうと校門を出ていった。


 坂道に入るとスピードはぐんぐん増していく。平泉の手が俺のカッターシャツの端っこをギュッと握りしめている。


「怖いか?」


「平気……やっぱりちょっと怖いかも」


「カーブだ。ちょっと傾けるからな」


「ヒャッ」平泉の口から遠慮がちに声が漏れた。


 俺は一段と強くシャツを握りしめる平泉の手の上に自分の手を重ねた。

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