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29.


 翌日、帰りのホームルームが終わるとすぐさま俺は例の体育倉庫へと向かった。


 さぁ、最終ミッションの開始だ。是が非でも成功させなくてはならない。明日の準決勝では“本来”の俺のバッティングが必要となる。


 昨日、新聞部のバカ二人が取り付けていた隠し撮り用のカメラを探す。どうやら昨日の撮影はうまくいったようだった。昼休みに部室に撮影した動画を見に来ないかと誘われた。


 俺は鼻の下を伸ばしたフリをして(あくまでもフリだ)付いていき、カップルがウハウハやってる映像を見た。


 はっきり言ってよく撮れてる。あんなに暗い場所なのに一部始終が赤裸々に見て取れた。


 ちなみに映像に映っていたのはテニス部三年のチャラ男と二年の生徒会書記の女だ。お盛んなこった。


 AVの盗撮物は飽きるほど見てはいるが、あれは全部ヤラせだと聞く。やっぱりリアルは違う。


 行為のたどたどしさ、そして、控えめに漏れる吐息……恐ろしいまでのナマナマしさと背徳感が体の芯から迫ってきた。


 マジでヤベえええぇええええぇえええええ!


 ってそんなことはどうでもいいのだ! 俺の目的は映像を確認することでヤツらがカメラを取り付けた場所を特定することだったんです! 本当です!


 カメラの撤去を終え、時計を確認すると15時35分。あと10分ほどで平泉が弁当を回収しにくるはずだ。


 この一週間、平泉と接触する機会はなかったが、俺は指をくわえて見ていただけではない。平泉の行動パターンはしっかりと把握している。


 平泉はホームルームが終わるとまず図書室に向かう。そこで本を借りることもあれば、そのまま手ぶらで出てくることもある。


 しかし、必ず図書室で時間をつぶす。恐らく下校ラッシュを避け、人目につかないようにこの体育倉庫で弁当箱を回収するためだろうと俺は考えている。


「いかがですの? 私のJK姿は」


 時間通りに姉貴が現れた。約束通り透谷高校の制服を着ている。姉貴もまだ二十二だし、なんとか女子高生に見えなくもないだろうと考えていたのだが、けっこうギリギリだった。


 ギリギリ……セーフにしとくか。もう時間がない。


「ま、まあ似合ってんじゃね」


 よく見ると胸のあたりのブラウスのボタンがはちきれそうになっていた。姉貴は恐ろしく巨乳だから当然といえば当然だが、よくこのスタイルに合う制服を昨日今日で調達できたもんだ。


「苦労して用意したんですの! もっとちゃんと褒めやがれですの」


「ごめんごめん、姉貴まだまだ女子高生でもイケるぜ。すっげえカワイイもん」


 とりあえず中身がなく当たり障りのない褒め言葉でお茶を濁す。


「ですのですの。私も自分でビックリしましたの。SMをやめてJK占いでもいいかもしれんですの」


「ああ、そうだな。で、時間ねえからさ」


「らじゃ、ですの。うふふ……」


 姉貴は短いスカートをから伸びる長い足を見せつけるようにモデルウォークだっけ? とにかくそんな感じで歩きながら、何か言いたげなねっとりとした視線を残して出て行った。


 このミッションに姉貴という劇薬を投入したのは危険な賭けだ。必ず何かしら想定外のトラブルが起きることであろう。


 しかし、そんなことは今、心配しても仕方ない。このミッションの一番の懸念事項はこの俺だ。俺はここで平泉を最低でも十分は足止めしなければならないのだ。


 なんて話しかけようか……どんな会話をしたらいい……つれない態度をとられたらどうしよう……能面のような平泉だったら食い下がれるのか……


 昨日の夜、さんざんシミュレーションしたが、撃沈する光景しか思い浮かばなかった。


 やはり、由美莉と違って下ネタが使えないのがキビしい。俺の日常会話のおよそ9割は下ネタなのだから。


 目を閉じて深呼吸をする。


 落ち着け、俺。困ったら土下座だ。そうだ、土下座すればなんとか……


「!」


目を開けると、そこに平泉がいた。俺もビックリだが、平泉も完全にキョドっている。


「よ、よお」


「……」


 平泉は俺を見ようともしない。


 いきなりの沈黙にすかさず土下座の体勢になろうと反射的に体が動いたが、踏みとどまった。まだ、最終奥義を使うには早過ぎる。


「今日も弁当うまかったよ。何ってんだ? あのチャーハンみてえなヤツ」


「……パエリア」


 よし! 沈黙解除!


「そ、そっかパエリロか」


「……パエリア」


 よし! 時間稼ぎ成功! 笑ってくれたら尚良しだったが。


「平泉ってホント何でも作れるんだな、ハハ」


「レシピ通りにやっているだけかな」


「スマホで見てんのか?」


「料理本。私、携帯持ってないから」


「あ、そうだっけか? 携帯持ってねえんだ。残念だなぁ、アハハ。メアド交換しようかななんて思ってたから。携帯持つ予定とかねえの?」


「友達いないもの」


「お、俺とメールすればいいんじゃね? かかか、買ってもらえよ」


「私とメールしたいの?」


「え? ああ、そ、そうだな……」


 やばい、段々ドツボにハマってきているようなこの感触……


「どうして?」


「そりゃ……友達だからな」


「……違うでしょ」


 平泉はそう言うと、跳び箱によじ登り始めた。


「ちょ、ちょっと待った。お前、何やってんだよ」


「お弁当箱、取らなくちゃ」


「いや、そりゃわかるけど。あのさ……パンツ見えちゃうんだよ」


「ひゃっ!」


 平泉は跳び箱の天板の上に女の子座りして顔を赤らめた。


「見た?」


「いや、見ないようにした」


「うそ」


「ホントだって」


 見ないようにしたのは本当だ。ウソはついていない。若干タイミングが遅れただけのことだ。


 期待通り、いや予想通りの白。完全に目に焼き付いて残像が消えない。


 たかがパンツ、されどパンツ。



 誰かが言った格言を思い出した。多分、井伏か坂口のどちらかだ。


 平泉はバツが悪そうに顔を背け、口を尖らせた。


「じゃ、志賀くんが取ってよ」


「え? ああ、いいけど」


 俺は、平泉が座っている横に勢いよく登って梁に手を伸ばした。こんなことなら平泉が来る前に取っておけばよかった。俺って何て気の利かない野郎なんだ。


「はい」


 うつむいたままの平泉に差し出すと黙って受け取った。


「ごちそうさま」


 俺がそう言うと平泉は跳び箱を下りようとした。


 咄嗟に平泉の手首をつかむ。平泉は驚いたような顔をして振り返った。


「あ……いや、もうちょっと話さねえか?」


「何を話すの?」


「それは……」


 もう限界だ。この詰まった排水管のような空気を打ち破る話術など俺は持ち合わせていない。


 俺は最終奥義の構えに入った。


 と……。


 男女のキャッキャ言う声が聞こえてきた。平泉がビクンと肩を震わせ、入口の方を見た。引き戸は開いたままだ。


 スマホで時間を確認すると15時59分。ほぼ時間通り。


 ラブホ利用者のおな~り~ってやつだ。


――救われた


 俺はシミュレーション通り声をひそめて平泉に言った。


「隠れよう」


「え?」


 平泉の黒目が左右に二、三往復した。


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