27.
今日のメニューは、肉じゃが、卵焼き、ほうれんそうのおひたし。相変わらずうまい。昨日はコロッケとハンバーグがメインを飾っていた。毎日毎日、趣向を変えてくる。
俺は今日もこの薄暗く埃っぽい体育倉庫の中で平泉の手作り弁当を食べていた。
あの夜から一週間、平泉とは一言も口を聞いていない。
透谷高校野球部は四回戦、そして準々決勝と順調に勝ち進んでいた。にもかかわらず、俺はチーム内に何か違和感のようなものを感じていた。
口ではうまく説明できない。ただ、何となくチーム内の雰囲気がいいとは言えなかったのだ。
ま、俺のせいに決まってるのだが。
俺はこの二試合ノーヒット、代打で出た三回戦も入れると9打席連続凡退だ。与謝野の好投もあって僅差で競り勝っているものの、二試合とも負けていてもおかしくない展開だった。
何せ四番が全く機能しないのだ。みんな不安を感じているに違いない。
どうすりゃいんだ……。
明後日はいよいよ準決勝。大本命と言われる高瀬工業との対戦だ。なんとしてでもビジョンを取り戻す必要がある。
政治家は「選挙に落ちたらただの人」なんだそうだが、俺は「ビジョンがなければただの補欠」レベルらしい。
いや、補欠以下の存在だ。真面目にやっている控えメンバーに申し訳ない。この数日でイヤと言うほど分かった。
そんなみじめな俺のために平泉は毎日こんなにも手の込んだ弁当を作り、メッセージカードをくれる。
「練習がんばってください」「試合で活躍できることを祈っています」「甲子園、行けるといいですね」
宇宙の彼方に飛び去りたい気分になる。何度か返事を書こうかと考えたこともあったがやめた。
不意にガタガタという音がした。俺は慌てて最後に残ったニンジンと玉ねぎを口に詰め込み、空になった弁当箱をいつもの場所に戻した。
「こんなとこにいたのか~」
「エロ本読んでんじゃねーぞ、ウヒヒ」
井伏と坂口が引き戸を開けて顔をのぞかせた。
「読んでねーよ、バカ」
「じゃ、何してたんだ~」
「お前らこそ……もしかして俺を尾行したんじゃねーだろうな?」
「バカか、直人。俺らは女子しか尾行したりしねーの、ウヒヒ」
「俺たちの用事はこれ~」
井伏は跳び箱の後ろにあった競技用の得点ボード(チョークで書けるやつ)を引っ張りだしてきた」。
「木 16~17」「金 16~17」「金 17~18」などとチョークで書き殴っている。
「何だこりゃ」
「これはな~ 予約名簿なんだな~」
「何の?」
「前に教えたろぉ? ウヒヒ、ここはバカップルたちにラブホとして使われているってなぁ、ウヒヒ」
「まさか、これは」
「お察しのとおり~、これに利用する時間を書いてお互いにバッティングすんのを防いでるってわけさ~」
「俺たち新聞部の調べでは、ここを利用するバカップルは七組ほどいる。ほら、その奥にあるマットの上でウフフなことやってるってわけさ、ウヒヒ」
「体育教師の怠慢でカギかけねえから、そんな破廉恥な奴らがのさばっちまうってわけ~」
「で、お前らは?」
そんなことは聞くまでもなかった。俺の言葉を無視してこのどうしようもねえクズたちは隠しカメラを三台ほど取り付け始めた。
「やっぱりか、お前ら」
「そこにスキャンダルがある限り、俺たちはシャッターを切る。お、かっこよくね~ 自分で言って感動したわ~」
「なかなかオツなお言葉ですな~、ウヒヒ」
「っていうか、ずっと盗撮してたのか?」
「うんにゃ。部費がなかなかおりなくてな、昨日ようやくこの小型カメラを買えたんだなぁ、ウヒヒ」
ほっとした。俺と平泉の秘密はバレてねえ。しかし、今後はこの隠しカメラに注意を払わねばならないだろう。
× × ×
教室に戻ると女子グループが不倫がバレて散々叩かれまくっている芸能人の話を大声でしていた。聞きたくないのに耳に入ってくる。
当事者でもねえのに、結婚もしたことねえのに、もっと言うと付き合ったこともねえのに偉そうにボロクソ言ってやがる。
窓際の席には平泉がいた。無表情という仮面をかぶって文庫本を読んでいる。いつものように平泉は果てしなくひとりぼっちだ。
校内では近寄ることすらできない。絶不調の野球部四番とターミネーター。ゴシップしかしゃべることのないアホな連中には格好のネタだ。
「志賀の不調の原因はターミネーターと付き合い始めたからだ」
「発情しまくりのやりまくりだから打てねえんだ」
「さげまんターミネーター」
どうせそんな根も葉もないことを言って喜んで、退屈な高校生活を紛らわすんだろう。本当にバカなヤツらだ。
午後の授業開始を告げるチャイムが鳴り、気怠さに包まれた教室にため息が漏れた。
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