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26.


「ハハハ」


 ものすごい勢いで笑い始めた平泉。そして止まらない。今度はして俺がきょとんとしてしまった。



「あ、あのさ、平泉さん?」


「アハハ、ごめん。おかしくって。だって志賀くん、三島さんにいつも土下座してるから」


「あら、見てたの?」


「うん。何回も見たかな。グランドでも教室でも。志賀くんと三島さんって本当に仲良しだよね」


「それって仲良しって言うか?」


「うん」


「おい」


「やってみてよ、土下座」


「はぁ? ヤダよ。あれは奥の手だからな」


「ケチ。やってよ」


「お前も女王様かよ」


「素質あるかな、私」


「あるある。だって学校にいる時のお前……」


 しまった! 


「……学校にいる時の私?」


 まずい! 空気が明らかに変わった。


「……今と違うからさ」


「どう違うの?」


 もうダメだ!


「どうって……その」


 神様ぁ!


 平泉の表情に翳りの色が見えた。


「ごめんね。志賀くんに聞かなくても、私……自分で分かっているから」


 平泉は言い終わると、微笑んだ。すごく可愛くて、哀しくて、いたたまれなくなって俺は……


「何でだよ? 今は何で俺としゃべってるんだよ? 俺、お前に話しかけちゃダメなんだろ? こんなに楽しいのに何でなんだよ?」


「今は調子に乗りすぎちゃったかな。私も……なんだか楽しかったから」


「だったら……」


「ごめん。明日からは、私に話しかけないでね」


「……」


「私、友達つくっちゃダメだから」


「……は? それってどういう……」


「……」


つい今しがた、小さく震えた肩越しに聞こえたその言葉はズシリと重く響いた。


 どうしてあんな笑顔を見せるお前が、周りの人を笑顔にできるお前が、友達をつくってはいけないというのだ。


「俺はもう友達だと思ってんだけど」


「勝手に決めないでほしい……かな」


「ダメか?」


「……」


 平泉が口を開くのを待つ。チラりと様子を窺うと、平泉は俯いて口を真一文字に結んでいる。


これは耐久レース並みの根気を要するかもな……


そう思った瞬間、視界が急に真っ暗になった――

 


 ガタン。


 何かの振動を感じた。


 目を開ける。


 目の前にあるのは何だろう、天井かな?

 すごく近いぞ。手を伸ばせば届きそうだ。

 ここはどこだ?


 身を起こすと、姉貴がハンドルを握っていた。

 俺は走る車の後部座席で横になっていたのだ。


「お目覚めですの?」


「俺……」


「直人くんは本当におバカさんですの。あの薬を自分で飲むなんて。あの娘さん、平泉さんと言ったかしら、あの子の前で急に倒れたんですの」


「マジ? 強烈過ぎだろ、この睡眠薬。どっから仕入れたんだよ?」


「フフフ、それは秘密ですの。それよりも、平泉さんは心配してましたの、直人くんのこと」


「え? 俺ってどうやってここに?」


「お姉ちゃんと平泉さんで車に運んだんですの」


「姉貴、平泉と顔合わせたのかよ……」


「フフフ、直人くんが急に倒れるから、平泉さんはとっても驚いてましたの。抱き起こしても揺さぶっても直人くんが起きないものだから、平泉さん、携帯で救急車を呼ぼうとしましたの」


「……で?」


「救急車はさすがによろしくないかとお姉ちゃん思いまして、平泉さんに声を掛けましたの」


「何て声を掛けたんだよ?」


「あら『志賀直人の姉ですの』に決まっているじゃないですの」


「はぁ? いきなり姉登場って不自然すぎるだろ!」


「ここは田舎ですの。狭い世界に暮らしていればそういうこともありますの。平泉さんは真っ直ぐな娘さんですから、すぐ信じましたの。それで『直人くんは発作の持病があってたまにこういう風に気絶するんですの』と言ったらこれまた疑う様子もなく信じましたの」


「アイツ、どこまで人がいいんだよ……」


「で、直人くんを運ぶのを手伝ってもらったってわけですの」


「平泉は今どこだ?」


 姉貴がブレーキを踏んだ。ちょうと俺の家の前に車は止まった。


「トランクの中ですの」


「ええええええーーーー!」


「ウソですの」 


「ひええええええーーーー!」


「それよりも、あのお嬢さん……」


「なんだよ?」


「いえ、なんでもありませんの」


「気になるだろ? はっきり言えよ」


「うるせえんですの! さっさと降りやがれですの!」


 急に女王様と化した(というよりは女王様に戻ったと言った方が正解か…)姉貴は俺をすさまじい形相で睨んだ。


「私がここにいることをとう様やかあ様に見られちまったら大変なことになるんですの!」


 そうだった。姉貴は親から半ば勘当されているような状態だったのだ。これ以上粘っても仕方がない。 


 俺が車を降りると、レーシングカーのようなタイヤ音を残して、姉貴の車は走り去った。

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