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25.


「な、なぁ座らねえか。ちょっと長くなる」


 俺が促すと、平泉は堤防の端から足を海に投げ出すようにして座った。


 隣に腰を下ろす。波が漁船を揺らし、堤防の壁面に船体があたって控えめな音を出した。すぐ横に平泉の華奢な体がある。


 この期に及んで俺は隙さえあれば平泉の胸に額を押し当ててやろうと考えている。


しかも、さっきからそれはただのミッションだけではなく、何やら性的なものを孕みつつある。我ながら最低だ。そして最低だと思えば思うほどドキドキするから手に負えない。


「偶然なんだ」


 俺が切り出すと、平泉は俺の方に顔を向けた。暗くて表情はよく分からなかった。


「今日、病院行ったんだ。打ち身を診てもらおうと思ってさ。あ、別に変な意味じゃないからな。お前が責任感じることはねえし」


「……うん」


「そしたら、お前がバスに乗るのが見えて、一緒に乗ろうと思ったんだけど、間に合わなくてさ。だからタクシーで後を追ったんだ。お礼を言いたくて。弁当の」


――ウソだ。


 ウソには罪があるものとないものがあると思う。自分のためか他人のためか。自分を利するためか、他人を守るためか。自分に背負うものがあるか、ただ他人を騙すだけのものか。


 今、俺の口からついて出た言葉は明らかに俺が忌み嫌ってきたタイプのものだ。俺はそういうウソをつく人間を心底軽蔑していたはずだった。


 しかし――


 その言葉がスルッと口から滑り出るように発せられたことに自分でも驚いていた。


 自分を外から見ている自分は罪悪感に苛まれている。しかし、心の奥底では恐ろしいほど落ちついている。


俺は、冷静に、明確な意図を持って平泉の良心につけ込み、自己保身をはかるためだけの空虚な偽りの言葉を続けた。


「タクシー降りて、お前に声をかけようとしたけど、なんつーか、上手くやれなくて……お前に拒絶されちまってるからな。でも、弁当のこと、すっげえ嬉しくてさ。メチャうめーし。だから一言お礼が言いたかった。で、結局ストーカーみたいなことやっちゃって。わりぃ」


「……」


「そしたらお前の方に突っ込んでいく自転車が見えて、直感で分かったんだ。こいつお前を狙ってるって。だから助けようと思って。結局間に合わなかったんだけどさ」


「……いや、志賀くんが叫んでくれなかったら私……」


「で、やっぱあのおっさん、ヤベえ奴だったよ。顔見て分かったんだけど、この辺でストーカーしたり、痴漢まがいのことしたりして、警察の世話にもなってるヤツだ。俺の姉貴が前にちょっと被害にあったから知ってるんだ」


「そうだったの……」


 よくもまあ、口をついて次から次へと出るもんだ。自分でも感心していた。


 俺ってこんなにウソを淀みなくまき散らせるのか……。


 そう思う一方で、どれが俺の本心なのか、分からなくなってきた。自分の感情すら騙し始めたというのか。かろうじて残っていた自覚的な自分が輪郭を失い、心はほとんど麻痺していた。


「だから、お前の手を引っ張って逃げたってわけ」


「また私、助けられたんだね。志賀くんに」


「いや、別にそんなことねーよ。たまたまっつーか、おせっかいっつーか」


「ありがとう」


「こちらこそ。いつも弁当、ありがとな」


「……うん」


「ふぅ、やっと言えた。なんかスッキリしたぁ」


 空を見上げると、星空が近く感じた。


 こんなに綺麗なんだっけ……


 毎日、練習のあと見ているつもりだったのだが。


 ふと横を見ると、平泉も夜空を見ていた。


「なぁ、あの、あそこにあるじゃん、明るい星、あとあそこにも。あれって何て星座だっけ?」


「え? どれ?」


「ほら、あそこ」


「あ、あれは星座っていうか、織姫と彦星かな。あともう一つこっちの星を合わせたら夏の大三角形」


「お前、やっぱり頭いいな」


「いや、そういうの関係ないかな……」


「そういやこないだ七夕だったっけか。平泉も何か願いごととかしたのか?」


「うん……」


「何だよ。教えろよ」


「ナイショ。志賀くんは何て願ったの?」


「俺は甲子園出場に決まってるだろ」


「ああ……フフそうだね。そうだよね」


 平泉はクスクス笑った。


「そのリアクションおかしいだろ。高校球児は普通そう願うだろ」


「そうなんだけど、志賀くんは別のことかなって、ちょっと思ったかな」


「言えよ」


「イヤ」


「言わねえと……」


「言わないと、何する?」


「……」


 「おっぱい揉むぞ」と言いそうになったが、さすがに平泉には言えない。調子に乗って由美莉としゃべっている時とおんなじノリになっていた。


「言わねえと……言わねえと……土下座するぞ!」


「……」


 きょとんと俺を見つめる平泉。


やってしまった。若干ロマンチックな雰囲気になりかけていたのにぶち壊しだぁあああ!


選択肢としては他にもあったんだぁあああ。「浣腸するぞ」「乳首をボタンプッシュするぞ」「脇毛生えてねえかチェックするぞ」


これらはかつて由美莉に言って殴られて土下座した台詞だ。だからこそ俺は「土下座するぞ」を選んだ訳で……ん? とにかく自爆、さらに誤爆だぁあああ!




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