24.
「買い物カゴの中身、無事?」
「あ……」
平泉は買い物カゴの中を覗き込んだ。
「うん。大丈夫……」
「良かった。それお前んちの晩飯だろ?」
「……明日のお弁当」
「って、お、俺の?」
平泉はコクっと頷いた。
「え? あ、そ、そうなの?」
急に照れくさくなった。
弁当を毎日つくってもらっているとは言え、手渡しされるわけではない。体育倉庫に置かれているだけなのだ。
正直、平泉の手作りという実感は乏しかった。俺はいつしか、デリバリーでも頼んでいるかのような気分になっていたのだ。
そこにきてこんな展開だ。面食らってしまった。
――あんな風に、あんな顔して、弁当の材料を選んでいるのか。
平泉というクラスメイトは、急に生身の女の輪郭を帯び始めていた。
魅惑的なシチュエーションにドキドキウハウハになっちまいそうではあるのだが、今はそれどころではない。この状況をどう説明すれば平泉を納得させられるのだろう。
月明かりが海面におぼろげな光の模様をつくっている。
「……なあ、何か飲まねえか?」
「え?」
駐車場の隅にぽつんと光を放っている自販機があった。
「喉乾いてさ。飲みながら話すからさ」
「うん……」
「何がいい? 買ってくるよ」
「私も行くから」
立ち上がり、自販機の方へ向かう。平泉も後を付いてきた。
「奢るよ」
「いい」
俺はコーラ、平泉はカフェオレを買った。
プシュ。
波音の中に缶を開ける音が二つ響いた。炭酸が喉を刺激する。気持ちいい。変な緊張感から少しだけ解放された気がした。
「志賀くん、ちょっと持っていてくれないかな……」
平泉が飲みかけのカフェオレを俺によこした。
「お、おう」
平泉は自販機の周りに散らばる空き缶やゴミを集め始めた。
「お前、ひょっとしてイイ子なの?」
「汚いとイヤだから」
思いがけずチャンスが転がり込んできたから、逆に戸惑っていた。俺は、まさにこういう展開を狙っていたのだ。
大きく深呼吸。息を吐く。
平泉は手が汚れるのも厭わず、汚いビニール袋なんかも平気で拾い上げてゴミ箱に入れている。きっと、こういうことが自然にできる子なんだろう。
さて、この隙に俺は、平泉のカフェオレに睡眠薬を入れるとしよう。たしか姉貴からもらったヤツがポケットに……。
半透明の小さな袋を取り出す。平泉は、俺に背を向けている。
封を切り、カフェオレの缶の飲み口に向けて傾けようとした瞬間……
視界の端に赤い車が見えた。
「!」
姉貴の軽自動車だった。
その瞬間、俺は理解した。このシチュエーションも姉貴が仕組んだ作戦のうち……つまり本当のプランBは今この瞬間だったのだ。
平泉を誘拐するなどとトンデモ内容を聞かせれば、俺の性格からして平泉を助けようとすることを姉貴は見抜いていたと言う訳だ。
急に麻痺していた心が動きだした気がした。姉貴の過激なやり方がエスカレートする前に俺の手で穏便に解決しようと考えていたのだが、冷静に判断すると誘拐するのと睡眠薬飲ませるのとでは大差ねえじゃねえか!
でも……うわーどうすりゃいいんだぁあああ。
「ねえ」
「わ、わーー!」
気づくと平泉は俺のすぐ横に立っていた。
危なく睡眠薬もカフェオレも何もかも落としそうになった。
「どうかしたの?」
「にゃ、にゃ、にゃんでもない」
「それは薬?」
「え? あ……そ、そうなんだ。ちょ、ちょっと風邪気味でさ、アハハ」
「……飲まないの?」
「アハハ……アハ」
これはどうにもごまかしようがない。
俺は勢いで睡眠薬を口に含んでコーラを流し込んだ。
この薬、ホントに大丈夫なのか?
姉貴の調達してきたものはすこぶる怪しい気がしてきた。
そもそも、そんな怪しいモノを平泉に飲ませようとした俺って……。
しかし、マズい。非常にマズい。この睡眠薬ってどれくらいで効き目があらわれるものなのか。姉貴に聞いておけばよかった。
「大丈夫?」
「あ、ああ」
「じゃ、説明してくれないかな」
「そ、そうだったな」
クソッたれ! 何とかこのピンチを乗り切らなければ。もう根性と気合で睡眠薬に抵抗するしかない。
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