22.
「惚れてしまったんですの?」
「!」
いつの間にか隣に姉貴が立っていた。ニヤニヤしながら俺を見ている。
「んなわけねーだろ。ってか何でいるんだよ?」
「偶然ですの」
ウソに決まっているが、そんなことはどうでもいい。
よく見たら俺が姿を隠していたこの軽自動車は姉貴のものだ。なんか見覚えがあるような気がしたんだが……不覚だった。
このシチュエーションで姉貴の登場は非常にマズい。姉貴という女は決定的に頼りになる半面、とんでもないトラブルメーカーでもある。
ミッションの性質からしてデリケートさが要求されるわけで、犯罪まがいの強引なやり口を得意とする姉貴には不向きだと思ったから、ヘルプを頼まなかったのに。
姉貴は眉間を押さえて平泉の方を見ている。ビジョンを使っているようだ。
「フンフン、なるほど」
「何を見たんだよ」
俺の問いには答えず、姉貴はパチンと指をならした。
すると、角刈りのおっさんが車の後部座席からひょっこり顔を出した。まるでボディビルダーのような逆三角形。ランニングシャツがはちきれんばかりに筋肉が隆起している。しかも、胸毛がびっしり!
「こちらお姉ちゃんのお店の常連さんで芥川さんですの」
「えへへ、どうも」おっさんのバリトンが響いた。
「ああ、どうも。姉がいつもお世話になっています……ん?」
うっかり反射的にアイサツしてしまったが、こいつは一体……
意味不明に恍惚とした表情から察するに、真性ドMの臭いがプンプンする。なるほど、客といっても占いの客ではなく、あっち方面の客ということか。
そういう客を取り込まないと商売が成り立たないのだろう。金を稼ぐって大変なんだな。バイトもしたことがない俺には想像もつかない……
おっと、そんな分析はどうでもいい。今はこの状況を正しく理解することが先決だ。
「ちょっと姉貴! 何をやらかそうっていうんだよ?」
「乗りかかった船ってやつですの。ここはお姉ちゃんに任せるですの」
「乗りかかったわけじゃねーだろ! 勝手に乗ってきただけじゃねえか!」
姉貴はまたも俺を無視して芥川とかいうおっさんに耳打ちして何やら指示を与えている。そして、二人はお互いの時計の時刻を合わせた。
もう嫌な予感しかしない。
「直人くん、あと二分しかないから手短に言うですの。よく聞くですの。二分後にあの娘さんは買い物を終えて道を渡るんですの。そのタイミングで芥川さんに自転車で突っ込んでもらいますの。それで……」
「ちょっと待て。自転車ってどこに……」
軽のトランクからおっさんが折りたたみ自転車を出していた。偶然の割に本当に用意のいいことで。
「直人くんは、自転車から守ろうとした体で、娘さんに抱きつくんですの。そのどさくさにまぎれて……」
「ストッパーを解除ね」
要するにあの事故の再現をするようなものだ。正直、姉貴にしては比較的まともな作戦に思えた。
やってみる価値はあるかもしれない。
「それがプランAですの」
「は? もしかしてBもあんの?」
「もちろんですの! プランAが上手くいかなった場合は、お姉ちゃんが車で近くに乗り付けますの。それで芥川さんに娘さんを抱え上げていただいて、後部座席に押し込むんですの。これがプランB。あとは眠らせて……」
「誘拐じゃねーかよ!」
「つべこべ言ってんじゃねーですの。あと四十五秒」
姉貴は道の向こう側で待機しているおっさんに手を上げて合図した。
もうやるしかない。何としてでもプランAを成功させないと平泉を犯罪被害者にしてしまう。
姉貴は再び眉間に指をあてている。
「直人くん、ちょうどあそこのマンホールのあたりでごっつんこですの。早くスタンバイするですの!」
「わ、わかったよ」
「ストッパーを解除できたらお姉ちゃんに投げキッスして合図をするですの。それがない場合はプランBに移行するですの」
「投げキッスって」
「あと十秒」
「わわわわ」
俺は慌てて走った。




