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21.


 平泉は駅前の停留所でバスを降りた。俺の最寄り駅の隣だ。


古い木造だが立派な佇まいの駅舎で、鉄道マニアなんかには受けがいいようだ。たまにテレビでも紹介されている。


 中途半端に古いと誰も見向きもしないものだが、度を超すとありがたがられるらしい。


 「昭和レトロ」とか言って、駅舎の人気にあやかって近年、周辺の商店街も古さを残しつつ小奇麗に改修されていた。


 タクシー代は財布のありったけの金を出してギリギリ。思わぬ出費だ。平泉のおかげで浮いた昼メシのパン代が一気に吹っ飛んだ。


 タクシーってすげえ高えぇええ!

 どうでもいいが、これが一人タクシーの初体験だった。


 運転手は最後に「頑張るんだぞ、野球も恋愛も」と言った。どうやらこの鞄で透谷高校の野球部だと分かったらしい。俺は思わず笑って「了~解」と答えた。


 平泉は駅前から続く商店街の中を歩いて行った。俺は十メートルほど離れて付いていく。


 オレンジ色の古風な街灯がレトロな石畳の上に影をつくる。もう夜の気配が辺りを包んでいた。どこからか魚を焼くようないい臭いが漂ってくる。ノスタルジックというやつだろうか。不思議と懐かしさを感じる。


 俺は時折電柱や店先に姿を隠しながら平泉の後を追った。


 なぜならば、ここで俺と平泉が偶然会う理由がないからだ。病院ならば出くわしても説明がつく。しかし、ここではどう考えても、俺が平泉をストーカーしてる、そう結論がついてしまうのだ。


 それはマズい。半ばその通りだがマズい。


 五分ほど歩くと、平泉は赤ちょうちんの前で立ち止まった。どこの商店街にも一軒くらいありそうな年季の入った小規模の店だ。「居酒屋ひらいずみ」と木目調の看板が出ている。


 これって、平泉の実家?


 平泉の人を寄せ付けない超然とした感じや清楚な雰囲気からして、郊外のデカい家に住む金持ちの箱入り娘を勝手にイメージしていたのだが、こんな庶民的な構えの居酒屋とは意外だ。


 平泉は軒先でちょうちんの角度を整えると中に入って行った。


 しばらく待つ。


「……」


 動きはない。


 俺は道路を挟んで向かいの店前から様子を窺っていたが、しびれを切らしておそるおそる「居酒屋ひらいずみ」に近づいた。


 暖簾越しに中を覗くと、鉢巻きを巻いたおじさんが焼き鳥を焼いていた。


 恐らくあれが平泉の父親だろう。手際良く串をさばきながら客とワイワイやっている。こないだまで病院にいたとは思えないくらい威勢がいい。


一見コワモテなのだが、笑うと顔がクシャクシャっとなる。何だか見てて微笑ましい。見ているだけでいい人感が伝わってきた。


 とはいえ、親父に似なくてよかったね、平泉。


 などとどうでもいいことを思った瞬間、平泉が店から出てきた。


「!」


 ギリギリのところで路駐している真っ赤な軽自動車の陰に身を隠した。


 ふぅ……あぶね。


「お父ちゃん、ちゃんと注文聞いてるの? 砂肝、追加だよ」


 平泉の声が聞こえた。


 ちょっと怒ったような、それでいて嫌な感じが全くしない透きとおった声。


 しかも、「お父ちゃん」って。これまたイメージ違うよ……


「鏡ちゃん、大丈夫やって。分かっとる分かっとる」


 恐らく平泉の親父の声だ。こっちはコワモテな顔面のイメージそのまんまのダミ声。


 しかし、なぜに関西弁?


 車の陰からそおっと顔を出す。


 平泉はピンクの花柄ワンピースの裾をひらひらさせながら、買い物カゴを提げて商店街を小走りに駆けて行った。


レトロな雰囲気の洋服と艶やかな長い髪は、この古めかしい街並みに似合いすぎていて昔の映画のワンシーンを見るようだった。





 平泉は通りを渡って斜向かいにある精肉店に向かった。


 シャッターを下ろし店じまいしかけていたおばちゃんに声をかけ、笑いながら会話を始める。おばちゃんは、嫌な顔一つせず、カウンターの中に入っていった。


平泉はショーケースの中の肉を指差して欲しいものを伝えた。肉を量りにかけながら、おばちゃんは笑っている。


 平泉は買い物を終えると、おばちゃんに礼を言い、隣の八百屋に立ち寄った。ここでも、笑顔が絶えない。店のおじさんも平泉が来て喜んでいるようにすら見える。


一緒にトマトやキャベツなんかの品定めをしているようだが、なんだかジャレあっているみたいだ。


――誰からも好かれるクラスの人気者という感じだったな。


 ふいに与謝野の言葉を思い出した。


 聞いた時は、はっきり言って半信半疑というか全く想像だにできなかったが、今、この街の中に息づいた平泉の姿を見ていると、その言葉は圧倒的な説得力を持って迫ってきた。


 まさにアイドルそのもの……。


 元々、新聞部の連中が絶賛するほどの素材なのだ。例え見せかけだけでも愛想よくしていれば十分魅力的に決まっている。


 平泉の横顔に見惚れている自分がいた。


――話しかけないで。迷惑なの。


 俺のことを拒絶した平泉の能面のような顔が浮かんだ。


 それはやがて、中庭で一人、猫にエサをあげている時の寂しそうな表情に変わった。


 今、目の前で、色とりどりの野菜に囲まれながら向日葵のような笑顔を咲かせている少女と重ね合わせようとしてもうまくオーバーラップしない。蜃気楼でも見ているようだった。


 オレンジ色の街灯に映し出された人懐っこそうな横顔は、今にもすうっと消えてなくなりそうなほど儚く思えた。


お読みいただきありがとうございます!

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