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20.



「バスを追ってください!」


「はい?」


「あのバス!」


「お! ああ、あれね。はいは~い」


 初老の運転手は、料金メーターのボタンを押すとニヤッと笑って車を出した。


 海沿いの国道をバスは北へ向かった。俺の住む町の方向だ。三台挟んで俺の乗るタクシーが後を追う。バスはデカいから見失うという心配はないだろう。それに大体のルートは分かっている。


「バス停で停まるみたいだけど、どうします?」


 運転手がバックミラー越しに目を合わせてきた。


「後ろにつけて停まってください。降りる人を確認したいんで」


 タクシーはバスから少し距離をとって停まった。

 ナイス! これは降車する客を確認しやすい位置だ。


 なかなか機転のきく運転手じゃないか。


 バスの後ろのドアが開く。


 最初に杖をついたおばあさん、次に幼稚園児、そのお母さんと続き、ドアが閉まった。


「そのままバスの後を追ってください」


「了~解」


 ノリが恐ろしく軽い……


 何か楽しんでね? この運転手。


「お客さん、彼女?」


 はぁ~、詮索好きときましたか。ま、そんな予感はしてましたけど。


「いや、別に彼女じゃないですけど」


「ハハ、でも女の子なんだろぉ?」


「ま、まぁそうですけど」


「告白したの?」


「はぁ?」


「してないの? じゃ今からするってか?」


 チャラいチャラい! このおっさん。


「だからそういうことじゃなくて……」


「告白するんなら、海がいい。絶対海だよ。海を見てると人は心が大きくなる。ちょっとばかし顔が良くなくても、ちょっとばかし気に食わないところがあってもね、海を前にすると女は受け入れようって気になるもんなんだ」


 何となく悪口を言われている気もするが、


「へぇ」


 面倒くさくなってきたから適当に返事をした。


「結婚して三十年のアタシが言うんだから間違いない。ああ、そうだ。三十年前にねぇ、この海を見ながらプロポーズしたのよ、アタシ。ウチの奥さん、今もねこう言うの。『あの時は雰囲気に流されちゃった』ってさ。本当はアタシのことなんかこれっぽっちも気にかけてなかったらしいんだ。ね、海でしょ? 覚えとくんだよ~お兄さん」


「……は、はい」


 ちょうど太陽が沈もうとしていた。海、そして砂浜が黄金色に染まっている。サンセットビーチだ。


 光を弾いてきらめく波をバックに、思い思いの時間を過ごす人たち。犬の散歩をする人、砂遊びをする子供、そして佇む恋人たち……


 そう言えば野球に明け暮れる毎日で、こんな光景を目にすることはほとんどなかった。


 このおっさんは怪しいもんだが、確かにこんなシチュエーションでなら……。


 波打ち際を女の子と肩を寄せて歩くシルエットが浮かんで、光を浴びて輝く女の子の笑顔が浮かんで、握り合った手や絡まる指先が浮かんで、そして消えた。


夏の夜空に余韻を残す花火のように名残惜しく、捕まえておきたいのに俺の腕をするりと抜けていった。


――ちなみにその女の子というのは平泉ではないからね。

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