02.
荷物を持って校門へ向かうとマイクロバスの前に、涼しい顔で立っているヤツがいた。エースで三番の与謝野響、このセレモニーに唯一参加しなかったけしからん野球部員だ。キャプテンのくせに。
「すごいことになっているな」
「うるせえ、裏切り者」
「試合前に余計な体力を使いたくないからな」
「うそつけー。由美莉が怖いだけだろ? 白状しろ」
「……君子危うきに近寄らず。スポーツマンとしての俺の信条だ」
「カッコ良さげに言っても一ミリもごまかせねえから、与謝野ビビリくん」
「その呼び方はやめろって言っただろうが!」
与謝野は『ひびき』という名前をモジッて『ビビリ』と揶揄されていた。主に俺からだが。そして、言うと結構怒る。
「ハハ、喧嘩上等! ってなもんだが、ひとまず休戦だな」
俺はさっきから校舎の陰に隠れてジロジロ見ている女の群れに気づいていた。みんな目がハートマークになってやがる。俺のファンだと言いたいが、やつらのお目当ては百パーセント与謝野だ。
与謝野が群れに向かって手を振る。悲鳴のような声が轟いた。
「与謝野せんぱーい。頑張ってくださーい。私、今日応援行きますからー」
「きゃああ! 与謝野くんがこっち向いた! 私のこと見てるぅ。どうしよ、私、どうしよ。あ、は、鼻血が……」
「与謝野く~ん、私のハジメテをあ・げ・るぅ~」
何度も何度も見せられて、死にたくなるほどうんざりする光景だ。
そりゃ確かにコイツは野球もそこそこ上手いし顔もまあまあイケメンだ。高校通算三十五人の女に告白されるだけのことはあるんだろう。それはいい、認めよう。でも世の中、不公平過ぎやしねえか。俺だって四番打ってんだぞ! しかも県下でも名の通った強豪校の四番だ! なんで一回も告白されたことねえんだよ? おかしいだろ! 心の底からおかしいだろ!
俺が頭の中で悪態をついている間中、ずっと与謝野は典型的なイケメンスマイルを振りまいていた。
「ありがとう、今日は頑張るよ」
狂信的な信者どもに別れを告げてバスに乗り込む。女マネージャーの大爆発のせいで、俺たちの他はまだここにたどり着いていない。俺たち二人だけ。戦いの前の静けさって感じだ。
「モテ過ぎるのも、大変だな」
「本音を言うと疲れる時もある。でも応援されるってやっぱり嬉しいよ。手紙やプレゼントをもらうとすげえ励みになるし。本当にありがたいと思うんだ」
「ふ~ん。そんなもんかね。俺にはファンがいねえから分っかりませーん」
一番前の席に荒ぶる神にお供えするつもりだったケーキが置いてあるのが目に入った。わざわざ由美莉がお気に入りだというケーキ屋に出向いて買ってきたモンブランだ。一年のバカ野郎、こんなとこに放置しやがるからイザって時に役に立たねーんだ。
後で改めて由美莉にくれてやろうと思ったが、何となくむかつくから食べることにした。
「与謝野、お前も食うか?」
「俺はいい」
与謝野は信者にもらった大量の差し入れを鞄に詰め込んでいた。
そうだった。こいつはオコボレなんぞ一生もらわなくてもいい人種だ。全く面白くねえこった。
俺は豪快にモンブランを口に放り込んだ。与謝野がジロジロ見ている。
「なんだよ?」
「由美莉ってモンブランが好きなのか?」
「ああ、そうみたいだな。自分の乳がモンブランのくせしてよ」
「ギャハハハハ」
与謝野の爆発的な笑い声が響いた。こいつはいつもそうだ。ツボに入るといきなりトップギアで爆笑しやがるから驚く。しかも笑いのツボも果てしなく変だ。ギャグのつもりで言ったわけでもない何気ない言葉にハマったりする。
「ハハヒィ、ヒィ、ヒィ……ああ笑った。なぁ、直人……」
「ん?」
「聞きたいことがあるんだが……」
「なんだよ?」
「……」
「さっさと言えよ」
「……由美莉ってやっぱりG?」
「オイ~! てめえ、ぶち殺すぞ!」
俺は甲子園行きを決めたら、このむっつりスケベの本性を白日の下にさらし、浮ついたミーハー女子どもの度肝を抜いてやろうと決心した。
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