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18.



 プールサイドでケンケンする。耳に入った水を抜くためだ。


 とんでもない目に遭った。しかし、由美莉には申し訳ないがラッキーだ。


 俺の眉間はバッチリとぷにぷにの感覚を捉えていた。これで姉貴が言ったことに間違いがないか確認ができる。


 意外とこれで能力が戻ったりして。他のおっぱいでも代用できたりして。


 ほんのちょっとだけ期待を抱いて、眉間のスイッチを押してみる。


「……」


 やっぱり平泉のじゃないとダメなのか。ま、俺も人生そう甘くないことはそろそろ分かりかけている年頃だ。


 由美莉がムクれた顔でやってきた。確実に怒りは収まっていない。


 とりあえず土下座しようかと思ったが、プールサイドのコンクリートが痛そうなのでやめた。


 この場は話術で乗り切ってやる!


「いや~お前、水着すっげぇ似合ってるよ。さすが何着せても……」


「胸に目がいくって言いたいわけ?」


「……可愛いです」


「ま、許す。疑わしきは罰せずって言うし」


「うそつけー。俺は何度冤罪で死刑にされたことか。さっきのだって俺は別に好きでお前のおっぱ……」


「ちょっと直人、声が大きい!」


 キャーキャー言いながらはしゃいでいたカラダだけ成長しきった高校生どもの動きが止まる。


 由美莉が俺の声の二倍以上の音量で叫び散らしたため、余計に注目集めたのだ。


 フフ、これはいい。


日頃の恨みとばかりに、俺は声を張って続けてやった。


「お前のおっぱいに顔をうずめ……」


「わ、わ、わ、うわーーー」


 由美莉は、手足をあたふたさせ、手足を直角に曲げてプールにダイブした。


 ざっぱーん。


 それを合図に再び、キャーキャー言いながら水遊びを再開するカラダだけ成長しきったオスどもとメスども。


 ヤツらの目が語っている。さわらぬ神に祟りなし。


 由美莉は水面からにゅっと顔を出すと、鼻歌を歌いながらそそくさとプールサイドに上がり、俺のところに戻ってきた。何がしたいんだコイツは。


「ね、ねえ、平泉さんは大丈夫そうじゃん。良かったよね」


 平泉はプールの中央で一人ぼっちで突っ立っていた。


「だな。でも機嫌はわりいみたいだ」


「どういうこと?」


「朝、話しかけたらキレられた。迷惑だってよ」


「ハハ、嫌われてるね~」


「やっぱそう思うか?」


「ウソウソ。だって平泉さん、みんなに対してそんな感じじゃん」


「ま、そうなんだけど……でもさ、なぜにアイツはそんな頑なに拒否るんだ?」


「分かんない。けど……」


「けど?」


「本当はみんなと仲良くしたがってる気がするよ」


「何でだ? 何でそう思うんだ?」


「なんとな~くね。それに平泉さん、きっといいコだよ。私、見たの。猫にエサあげてるとこ」


「お前も見たのか?」


「直人もなの? フフ、感じなかった? 私たちの前と違ってすごい優しい顔してた。いっつもお面被ってるみたいに無表情なのにね。私、思わず見とれちゃったよ」


「お前ってもしかして」


「違います。どうしてそういう変な想像しかできないわけ?」


「いや、そういうAVも嫌いじゃないからさ、アハハ」


「……」


「アハハ……」


「変態」


 そう言うと、由美莉は今度はゆっくりとつま先から水の中に入っていった。由美莉の足は胸とはアンバランスなほど細い。絶対にニーソックスが似合うはずだ!


水滴がしたたるふくらはぎ、そして七月の太陽を浴びた健康的な太ももの残像をありがたく味わっていたら、由美莉は平泉の方に近づいて行くのが見えた。


 何をしようっていうんだ、アイツは……


 由美莉は一人でぼーっとしていた平泉に話しかけた。会話というより、由美莉がニコニコしながら一方的に話しているだけのように見えたが、ちょっとだけ、平泉の顔が綻んだのを俺は見逃さなかった。


 すげーな、由美莉のコミュ力。


「ねえ、直人も一緒に泳ごうよ」


 由美莉が俺に向かって手を振った。なるほど、俺と平泉を仲直りさせようとしているのか。眩しすぎるカラダといい、今日のアイツは神様だ。


チャンス到来。


 さっきから背後でコソコソ蠢いている影に俺は気づいていた。新聞部の馬鹿二人だ。一回目のおっぱい爆撃――プールサイドの男子を女子めがけてブン投げることを、俺たちはこう呼んでいる――に味をしめて二回目を狙っているはずだ。


「ねえってば!」


 由美莉が待ちかねて、平泉の手をとって近づいてきた。平泉は戸惑っているようだが、由美莉の半端ない圧力の前では抵抗する余地がないみたいだ。


「分かったよ、今行く」


 と、言いつつ俺は動こうとしない。背後に思いっきりスキを作ってその時を待つ。


 タタタ。


 タイルの上を裸足で走る音が聞こえた。きた! 予想通りだ。井伏が俺の右腕を、坂口が俺の左腕をとった。


「何すんだ! や、やめろ~」


 我ながらわざとらしい声になってしまった。


「おっぱい爆撃第二波、発射!」


 井伏の連合艦隊司令長官になりきった声が響いた。


 俺の体が宙を舞う。角度はどんピシャだ。正面に平泉、そしてその横に由美莉だ。平泉の小ぶりな胸にロックオンする。隣のエベレスト級ほど目立ちはしないが、関東平野ほどではない。高尾山くらいはあるだろう。(高尾山って名前しか知らないんだけど)


 長官。これよりニイタカヤマに登ります!


 と思ったら……


「平泉さん、危ない!」


 由美莉が平泉を庇って、割って入った。そして……由美莉の巨乳と本日二度目のランデブー。


「いい加減にしろ! ドスケベ」


 由美莉が俺の体を平手で何度も張った。けっこう、いや、かなり痛い。恐らく背中はモミジだらけだ。しかし、これは無駄にはならない。


 自分で言うのもなんだが、俺は強かな男だ。由美莉から逃げ惑うフリをして、どさくさにまぎれて水の中から平泉に再度アタックをかける。爆撃機から潜水艦の作戦に変更だ。


 転んでもタダじゃ起きねーぜ!


 俺のレーダーが平泉の高尾山級の胸をサーチする。


どこだ? どこにある? 


人間魚雷と化した俺は水中を彷徨っていたのだが……


ゴツン。


頭の上に落ちてきた由美莉の凶悪すぎるほど強烈なゲンコツで撃沈。


水面から顔を上げると平泉はすでにプールサイドに上がっていた。そして非戦闘地域から、俺たちの顛末を見守っていた。いや、完全に白い目で見ていたと言う方が正しいだろう。なんてこった……


 一瞬の静寂の後、俺の背中にとどめの一発が命中した。


――ビシィッ!


「ひぃいいいいいーーーー」


「死ね、このド変態が!」 


「だから、俺は被害者なんだって!」


――ピーッ!


 千載一遇のチャンスを逃した俺をあざ笑うかのように、授業の終わりを告げる笛の音が高らかに響いた。考えようによっちゃ、由美莉の破壊活動を終わらせてくれた救いのゴングでもあったのだが。

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