14.
試合が終わると、俺はみんなと一緒のバスには乗らず、県営球場の最寄りの駅に向かった。
そこから電車で十五分、三つの路線が乗り入れる大きなターミナル駅で降りる。人口およそ六十万。そこそこ大きな部類に入る地方都市の中心部だ。
最近は郊外にできたショッピングモールに押され気味とはいえ、駅前はこのあたりで最も栄えた場所と言っていいだろう。
リニューアルオープンしたばかりの駅ビルには、ショッピングフロアの他にも映画館やフードコートが入っていてとにかく広い。
目当ての店は、その最上階にあった。エレベーターの脇にある案内図で確認すると、トイレの隣だ。
なるほど、一番安く間借りできる場所というわけか。
『SM占い ワイルドボンデージ』
内容と全く合ってない頭の悪さ丸出しのマル文字が並ぶ手書きの看板を見つけた。
「ただ今、すぐに鑑定できます!」と書いたポップが貼ってあるから、客はいないのだろう。
「SM」と書かれた革製の暖簾をくぐって中に入ると、キャンドルライトの薄明かりの中に女王様が立っていた。
「お帰りなさいませ、ご主人ちゃま~……って、直人君じゃないですの?」
「店のコンセプトとお出迎えの挨拶が違くねえか?」
「いや~、最初はお客ちゃんが来たらいきなりムチ打ちしてあげてたんですの。でも、怒って帰ってしまわれるからやめましたの」
「それは正しい判断だと思うけど、もうちょっと考えた方がいいんじゃね? だいいち、主従関係が逆だし」
「あ、そっかぁ」
ボンデージファッションでテヘペロをしやがるこの女は志賀蘭子、二十二歳。俺の姉貴だ。
少し前まではメイド占いという体で駅裏に店を構えていたが、駅ビルへの移転を機にコンセプトを変えたらしい。しかし、格好だけでノリがメイドのまんまだ。
「それにしても直人君。何か用ですの?」
「ちょっと姉貴に相談があってさ」
「ほうほう。では、ここに座るですの」
促されるまま、部屋の中央にぽつんと置かれた椅子に座ると、姉貴が赤いロープで縛ろうとしてきた。
「ちょ、ちょっと! 何やってんだよ」
「亀甲縛りですの。お客ちゃんにはみんなこうしますの」
「俺はいいって! 客じゃねーし!」
「せっかく練習しましたのに……」
俺は、ビジョンが見えなくなってしまったこと、平泉を助けたことなどをかいつまんで話した。
姉貴は俺と同じ能力を持っている。それを活かして占い師をやってるというわけだ。
もっとも俺と同じ能力だから、そんなに先の未来は見えない。目の前の客のリアクションを予知して客が喜びそうなことを選んで話すのだ。詐欺みたいな気もするが、一種のヒーリング効果はあるのだろう。
ちなみにビジョンが見えるのは、家族や親戚の中でも俺と姉貴しかいない。この能力は血筋に起因するわけではないようだ。そしてビジョンのことは親も知らない二人だけの秘密だ。
「それはきっとストッパーだと思いますの」
俺が話し終えると、姉貴はムチをいじりながらそう言った。
「ストッパー?」
「ビジョンを封印するカギのようなもののことですの。お姉ちゃんがそう名付けましたの。ストッパーが眉間に触れるとビジョンは見えなくなってしまいますの。でも安心するですの。またストッパーに触れたら元に戻りますの」
「もうちょい、具体的に言ってくんね?」
「お姉ちゃんの場合はマシュマロだったですの。お口でマシュマロキャッチをやっていたら、失敗して眉間にあたっちゃいましたの。そしたらチカラが封印されてしまいましたから驚きましたの」
「じゃ、俺もマシュマロを眉間にあてれば元に戻るわけ?」
「よくお聞きになるですの。お姉ちゃんはマシュマロがきっかけでしたから、元に戻る時もマシュマロを使えばよかったですの。直人君は直人君のきっかけとなったものを使わないとダメですの」
「きっかけかぁ……」
「きっとマシュマロのような柔らかい感触のものだと思いますの。何か心当たりはありませんの?」
「!」
ここ最近、眉間に触れた「マシュマロのような柔らかい感触のもの」といえば……
考えるまでもなくアレしかない!
――平泉の推定Bカップの胸……
俺は、平泉を事故から救った時の、あのラッキースケベの光景を思い出した。
顔が急激に熱くなってくるのを感じる。
「どうしましたの? 直人君」
「いや、なんでもない。たぶん、だけど俺のストッパーが分かったような……」
「何ですの?」
「え! いや、その……」
「何かやましいことがありますの?」
「ひっ!」
女王様の格好で睨まれると、圧力が半端ない。
それにこの直観力。ヴィジョンの他にも何らかの能力を隠してねえか!
「ひゃっはー! 野球一筋の直人君が童貞捨てるなんてぇえええ! 相手はどちらのお嬢様ですの?」
「何でそこまで話がぶっ飛ぶんだよ! 事故だよ、事故。ちょっとした事故だっつーの」
「どのような事故ですの? ウリウリ」
ムチの取っ手の部分で俺のほっぺたを突きやがる。女王様キャラではないがドSには違いない。
「だからさっき話しただろ、同級生の女を助けた時に、そのはずみで……胸が顔に……」
「つまんないですの」
「いや、面白くなくていいから。それで、もう一回、胸に顔をうずめれば元に戻るんだな?」
「ちげえねえですの」
タイトなボンデージファッションからこぼれそうな姉貴の胸が目の前にある。
そういうシスコン的趣味は全くないのだが仕方がない!
「姉貴、頼む! この通り」
俺は即座に土下座した。何の躊躇もなく土下座できるようになったのは由美莉のおかげだ。アイツと出会って以来、年間百回は土下座している。俺はバッターとしても超高校級だが、土下座に関してはもっと超高校級だ。
「……直人君」
顔を上げると姉貴は艶めかしく肩をすくめ、潤んだ瞳で俺を見てきた。
「……」
「優しく……お願いするですの」
「ありがとう! 姉貴!」
お読みいただきありがとうございます!
もしよかったらブックマーク、感想、レビュー、評価などいただけると大変励みになります。
どうぞよろしくお願いいたします。




