13.
9回表ノーアウトで俺の初めての打席が回ってきた。
今日は監督の判断で先発をはずれていた。事故の際に打ち付けた後頭部はまだ痛むがプレイするには問題ない。大事をとってということだ。
久しぶりの代打。一年の時以来だ。
スコアは7ー0。与謝野が二安打に抑え、与謝野が五打点。誰がどう見ても今日の主役は与謝野だ。
楽な気持ちで右のバッターボックスに向かう。俺にとってこの打席は試合勘を鈍らせないための調整に過ぎない。
内野席で観戦している由美莉と目が合ったが、ぷいっと横を向かれてしまった。試合前にうっかり軽口をたたいてしまい、逆鱗に触れてしまったのだ。
まあ、いつものことだ。後で土下座しよう。
気を取り直して相手の一年生エースを見据えた。サウスポー。球種は少ないがストレートの切れはある。
恐らく初球は変化球で外角にはずすだろう。バッテリーは俺がホームランを狙ってくると読んでいるはずだ。実際、その通りだが。
さぁ、答え合わせをしよう。
俺はスイッチをいつものように軽く押した。
視界が白く包まれ……ない。
おかしい。もう一度……
ダメだ!
そうこうしているうちに、サウスポーが振りかぶった。
まぁいい。初球はどうせはずしてくるに決まってる。
俺は、余裕で見送るつもりだったが……。
内角にズバッとストレート。ホームベースをかするようなクロスファイヤーが飛んできた。
「ストライーク!」
審判の声が不吉に響いた。
「え?」
サウスポーは闘争心むき出しで俺を睨みつけている。キャッチャーの表情をチラリと窺うと、瞳の奥で炎が燃え盛っているようだ。まるでスポコン漫画の登場人物じゃないか。
そういうのって時代遅れじゃないの?
俺は二球目に備え、再びスイッチを押した。しかし、未来の映像はやってこない。
「ストライーク!」
初球と同じコース。球威が増している気がする。
俺は自分が精神的に追い込まれていくのを自覚した。もはや調整などではなくなってきた。
焦りで手が震え始める。
何度も眉間を押さえた。場所がずれていることも疑い、いろんなところを押してみた。怪しげなまじないをしているように思われそうだが、そんなことを気にしている場合じゃない。
しかし、どれだけやっても何の変化も起きなかった。
なんだか知らないが、とにかく今はビジョンに頼れない!
サウスポーが振りかぶった。俺はとりあえずの開き直りでピッチャーを見据え、グリップに力を込めた。
ビジョンが使えないなら真剣勝負でいくまでだ! きっとこいつらは三球勝負でくる!
俺はストレートのタイミングに合わせ、バックスイングの体勢に入った。そして、脇を締め、肘をたたみ、内角をえぐってくる球をイメージしてフルスイング。
「ストライク! バッターアウト!」
審判に声を掛けられるまで、俺は茫然と立ち尽くしていた。
最後の球は外角に大きくはずれる変化球。タイミングを見事にはずされた俺は、腰砕けスイングで空振りを取られたのだ。
サウスポーは拳を突き上げて何度も繰り返しガッツポーズ。キャッチャーはゴリラのような雄たけびを上げ続けている。
いつまでやってんだよ、お前ら。
ベンチに戻る途中、また由美莉と目が合った。今度は俺を心配そうな目で見ていた。
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