12.
与謝野効果だろうか? 朝の出来事以来、クラスメートからの刺すような視線はなくなった。しかし、依然として気まずい空気は残っている。
平泉はいつもと変わりない様子だった。ま、変に誤解されないためまともに平泉を見ることもできなかったから、はっきりと観察したわけではないのだが。
午前中をまあまあ無難な感じでやりすごし、昼休みになった。
四限目の体育は、クソ暑い中グランドで走り幅跳びという嫌がらせのような授業だった。
チャイムが鳴ると俺はダッシュで昇降口へ向かった。
靴箱から上履きを取り出すと、何かが落ちた。
――手紙?
ルーズリーフが無駄に複雑な形に折り込まれている。女子が授業中にまわしているアレだ。中央に「志賀君」と見事な楷書で書かれている。手紙の折り方から漂う女子高生っぽさと何だかアンバランスな感じがした。
周りのヤツらに気づかれないよう慌てて拾い上げる。平泉に違いないと確信していた。
「早く購買行こうや~」
「今日もしっかり充電させていただきやすぜ、ウヒヒ」
昼休みの購買を生きがいにしているバカ野郎どもをテキトーにやり過ごし、急いでトイレに駆け込んだ。
個室に入りカギをかける。
何でコソコソしてんだ俺は?
その手紙は何故だか秘密の匂いを纏っているような気がして、開こうとすると手が震えた。
別に平泉からの心のこもったお礼の手紙とかラブレターとかそんなメロウな展開を期待していた訳ではないのだが……ん? 正直に言おう。
思いっきり期待しまくりで心臓バクバクだ!
女子から電話とかメールとか手紙とか、もらっちゃったりすると条件反射的にそうなるのが健全な男子高校生の性というもんでしょ?
しかしそこにあったのは、そんな青春の一ページに永久に残しておきたくなるようなトキメキの欠片もない無味乾燥な言葉の羅列……要は伝達メモのようなものだった。
字が上手すぎるから余計に業務連絡臭がする。
南校舎裏の体育倉庫。
入って右に並んでいる跳び箱の上に立って窓の方を向くこと。
平泉 鏡香
――なんだこりゃ。暗号? いや、宝探しか?
頭の中は「?」マークでいっぱいだが、考えるより向かった方が早い。
昇降口に戻ってスニーカーに履きかえる。なぜだか走っていた。
体育倉庫はいくつかあるのだが、南校舎のは一番遠い。そして、一番使用頻度が少ない。破損したりして使い物にならなくなったものを入れておく廃棄物置き場みたいな位置づけだ。
さらには、カップルが隠れてコソコソ良からぬ行為に勤しんでいるというウワサも聞く。
何でまたわざわざそんなところに俺を?
ま、恐らく平泉は校内ラブホと化していることなど知らないのだろうが。
南校舎の裏には誰もいなかった。当然と言えば当然だ。南校舎は一番古い校舎で今はよっぽどのことがないと生徒は立ち入らない。「第二音楽室」とか「第二美術室」とか、「第二」がつく教室ばかりでほとんど使用されていないのだ。授業は新しい設備が整っている「第一」の方でやるから。要は取り壊す理由もなく、放置されているだけのことだ。
さらにその裏だったりするから、手入れの雑なもので草も伸びっぱなしだったりする。そんな荒涼とした雰囲気が、平泉の手紙の秘密性を高めている気がした。
弁当食ってた中庭といい、ここといい、平泉は誰も寄り付かないような場所がよっぽど好きと見える。
指定された倉庫前に着いた。木々のざわめきが緊張感を煽る。
俺はそっと壁に耳をあてて中の様子を探った。
……誰もいない。
昼休みは、バカップルたちのぱふぱふタイムではないようだ。
そう言えば、井伏と坂口が放課後が狙い目だと言っていたような……どうでもいいか。
力を込めて引き戸を引く。ガタガタと言う音を立てて、オンボロの戸が開いた。
薄暗い中に歩を進めると倉庫特有の臭いがした。手紙に書いてある通り、右側に跳び箱が見える。
近づくと結構高く、俺の肩くらいまであった。平泉もこの上に登ったのだろうか?
一瞬のうちに俺の妄想の扉が開く。まさに電光石火!
足を高く上げ、跳び箱によじ登る平泉。短めのスカートから覗く白いパンツが脳裏に浮かんだ。
どきっ!
うう、わわわわ、ヤバいぞ、俺。冷静になれ、冷静に!
学園モノのAVの見過ぎでおかしくなったか?
……しかし、なんで白? アイツのパンツ見たことないのに。
駅階段の時も未遂だったし……
しかも、平泉の大人っぽいイメージからすると黒はいてそうだし……
とはいえ、白だったらすげえ嬉しいな……
結論。白パン最高! やわらかそうな綿の生地で若干フリフリついてたら尚良し!
って、おい!
自分の知らなかった自分のどうでもいい部分を発見し、恥じらいと戸惑いを覚えながら天板の上に立った。そして、指示通り壁の上部にある小窓の方を見る。
二メートルほど離れた小窓までは、ガラクタが積み上げられているだけで何もない。
アイツ俺をからかいやがったのか? でも、そんなのアイツのキャラじゃないよな……。
再び、目を凝らす。
「あ」
思わず声が出ていた。
俺は跳び箱と小窓の間にある梁の上に、それを見つけた。手を伸ばしてピンクのハンカチに包まれた四角い物体を取る。
すでに何となくは分かっていたが、やはりそれは手作り弁当だった。
跳び箱の上にドカッと座り、ピンクのハンカチをほどくと、これまたピンクの弁当箱が姿を現した。ついでに添えられていた箸までピンクだ。柄はウサギとかハートとかイチゴとか……かわゆい。
こういういかにも女の子……的な趣味は、平泉には似合わないような気がした。
その意外性たるや、学校じゃ男みたいなガサツな振る舞いをしているボーイッシュ女子に街でバッタリ会ったら、私服が超ファンシーなメイド服、もしくは学校じゃ超ジミなメガネっ娘ガリ勉のプライベートがギャル過ぎてビビる、みたいな感じだ。
しかし、さっきからやたらと興奮する。
なぜだ?
「……あ」
俺は気づいてしまった。
手作り弁当というのは、実はセクシャルこの上ないシロモノなのだ。
ハンカチ=服
弁当箱=下着
中身=カラダ
という図式でお考えいただきたい。いいですか? ちゃんと想像しましたか?
服を脱がせ下着を剥ぎ取る。ムフフ。
そして最後はなんと!
……食べちゃうんですよ!
しかもデザインやレイアウトそしてメニューと、作った人間のセンスや気持ちまでさらけ出しちゃう!
ふぬぅううううううう!
………………すまん、平泉。真面目に食べるよ。
結論から言おう。
死ぬほどうまかった。
メニューは唐揚げ、玉子焼き、タコさんウインナー、ミニトマトにポテサラ。大盛りご飯の上にはのりたまふりかけ。盛り付けは、いかにも女子だな~って感じだ。めちゃくちゃかわゆい。
生まれて初めて味わう女子の手作り弁当。
俺が何度も妄想したイメージそのままじゃないか!
平泉、夢をありがとう!
こんなスえた臭いのするホッタテ小屋で食わねばならないことと、アーんってやってくれる女の子が隣にいないことを除いて完璧だ! 完璧過ぎて怖いくらいだ! 今すぐ切腹して死んでもいいぜ!
弁当を介して平泉との距離が縮まった気がした。食べながら平泉と会話している気分になった。
こんなに満ち足りた気持ちはいつ以来だろう? 思い出せないが、これは間違いなく俺の記憶に永久保存しておくべき青春の一ページだ。
俺は感謝の気持ちを込めて、きれいに完食した。ご飯粒一つ残っていない。
「ごっちそうさまでしたぁ!」
興奮のあまり忘れていたが、弁当には手紙が添えられていた。相変わらず上手過ぎてスキのない字だ。
しかし、今度は業務連絡じゃなかった。
志賀くんへ
精一杯の感謝の気持ちです。
いつもお昼はパンばかりのように見えたから作ってみました。
口に合うといいです。
これから毎日、ここに置いておきます。
平泉 鏡香
P.S.
甲子園、行けるといいですね。
応援しています。
お読みいただきありがとうございます!
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