11.
翌朝、教室に入ると四方八方から視線を感じた。特に教室の中央を陣取っている女子集団からが強烈だ。
なるほど。由美莉が言ったように、俺が平泉のストーカーっていう説がこの教室を支配しているわけか。
一応、俺は良い行いをしたはずなんだが……
いつも何かと絡んでくる坂口と井伏がニヤニヤしながら遠巻きに俺を見ている。こういう時こそ、近づいてきて軽口でも言ってくれたら助かるんだが。
それを分かっていながら、敢えてやらないところがアイツらの性格の悪いところだ。俺が気まずい思いをしている様子を楽しんで見ているに違いない。
まあいいさ。人の噂も……何日だっけ? とにかく俺たち野球部が甲子園出場を決めりゃ、そんなもん吹き飛ぶだろ。
努めて普段通りを装い、席に座る。平泉はもう来ていた。平然と頬杖をついて窓の外を見ている。コイツはこの状況をどう感じているのだろうか?
教室に入る前は、平泉に声を掛けようと思っていたのだが、この空気の中ではそれをやる勇気がない。
一挙手一投足が監視されている気分だ。
「直人いる?」
教室の空気が一気に変わるのが分かった。特に女子。振り向かずとも分かる。与謝野の登場だ。二階のE組からわざわざ三階のC組まで足を運んでくるとはモノ好きなヤツだ。
「直人、昨日は大活躍だったみたいだな」
与謝野は俺の席の前に立つと、大きな声で話しかけてきた。絶対わざとだ。
「おかげさまでな」
昨日の朝、不良からメガネくんを救ったことはすでに全校中に知れ渡っている。与謝野の株はまたしても上がった。天井知らずだ。それに引き換え俺は大暴落……ま、元々暴落するほどのもんでもねえんだが。
ピラミッドの頂点にいるやつに話しかけられるってことは、それなりに名誉回復の効果はある。与謝野は俺のことを思ってこうしてくれているのだろう。どこかの新聞部とは大違いだ。悔しいが与謝野って本当にイイやつなんだよな。お前みたいなヤツが政治家になったらこの国はもっと良くなると本気で思うぜ。
「今日は部活来れるんだろ?」
「ああ、全く問題ねえよ。っていうか明日試合だしな」
「安心したよ。お前が打ちまくってくれないと俺にプレッシャーがかかるんだ」
「俺が打たなくてもお前は大丈夫だよ、名投手さん」
「どうせ打つくせに」
「どうかな」
「まだまだ先は長いんだ。俺に楽をさせてくれ」
そう言うと与謝野は窓際へと歩いて行った。
ま、まさか! や、やめろ! いくらお前でもそれは……
「おう、平泉。平気か?」
ものすごく自然体で平泉に話しかける与謝野を思わず尊敬のまなざしで見てしまった。
平泉は若干、面食らっていた様子だったが例のデフォルト顔を崩さずに振り向いた。
「うん」
俺の背後がざわつくのが分かった。主に女子。俺がその気持ちを代弁してやろう。
あの与謝野くんが“空気”に話しかけたよぉ~。なんて慈悲深いお方のぉ~。でも何か悔しいッ! あんなネクラ女を相手にするなんてぇ~。
ま、そんなにハズれてねえと思う。
与謝野はまだ平泉の前に立ったままだ。というわけでざわつきの方も収まらない。
「明日、試合なんだけどさ、見に来ないか? お前の恩人も出るぞ」
ざわつきが悲鳴に変わった。俺がその気持ちを代弁してやろう……ってもういいか。そんなことしてる余裕なんかない。
何てこと言うんだ、与謝野!
「私は……いいから」
平泉は静かにそう言った。断ったというよりも遠慮したように聞こえたのは俺の願望だろうか?
とにかく、このまま放置しているわけにはいかない。俺は立ち上がり与謝野の腕を引っ張った。
「与謝野、ちょっと来い!」
「おいおい、俺は平泉としゃべっているんだぞ」
「いいから!」
俺は与謝野を教室の外に連れ出すと、誰もいない場所を探した。廊下を突っ切り屋上へつながる階段の前までくると人影は見えなくなった。
「お前、平泉と知り合いなのか?」
「ああ、同じ中学だ」
「同じ中学って言ったってアイツは……」
「三年間クラスも一緒だったし、よく話もしたぞ。平泉って結構野球詳しいんだ」
「マジかよ。やっぱりお前ってすげえな。あの平泉を」
「直人、誤解があるようだから訂正するぞ。平泉は中学の時、すごく明るくて気さくで面倒見も良かった。誰からも好かれるクラスの人気者という感じだったな。クラス委員とか文化祭実行委員とかにいつも推薦されていた」
「今と百八十度違うじゃねーか! 想像できんッ」
「とにかくよく笑うヤツだったよ。しかも結構カワイイだろ? それに、根っからのイイやつでさ、まさにクラスのアイドルって感じでさ」
「それが今じゃ能面だ。陰でターミネーターとか言われてるぞ」
「それはひどいな」
「でも別にイジメられてるわけじゃねーよ。ただ誰も近づけねえだけ」
「……そうなのか。何とも言えないな」
「いつから平泉はああなっちまったんだ?」
「はっきりとは分からないが、高校に入ってからじゃないか?」
「何かあったのか?」
「それは俺にも分からない」
「そうか……」
「俺も心配はしていたんだが……何か力になれることはないかって」
「お前のことだからそうだろうな」
「でも本人があんな感じだからな。なんとも……」
与謝野は顔を曇らせた。口だけじゃなく本気で心配しているのが分かった。
お前はどこまでも果てしなくイイやつだ。ちょっとイイやつ過ぎるんじゃねえか?
でも、これで分かったことがある。やっぱり俺の直感は正しかった。平泉もまたイイやつに違いない。
だって与謝野がそう言うんだから。
「なあ、直人」
「なんだ?」
「もしかして、お前……平泉のこと、好きなの?」
「お前もか!」
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