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10.

「あ~あ、平泉さんにちゃんと挨拶できなかったよ~」前を歩く由美莉が伸びをしながら言う。


 病院を出た後、俺と由美莉は海沿いの国道を駅の方に向かっていた。


「お前の訳わかんねえドタバタさ加減に笑ってたぞ、平泉」


「え? ホント? 平泉さんも笑うことあるんだ」


「そこかよ……」


「ねえねえ」


「なんだよ」


「何で上履きなの?」


「……慌ててたからな。靴を履かねえまんま飛び出しちまった」


「ふうん……で、直人って平泉さんのこと好きなの?」


「はぁ? んなわけねえだろ! 何でそうなるんだよ?」


「だってさぁ、平泉さんってすごくカワイイし……」


「す、すごくってことはねえだろ?」


「カワイイのは否定しないんだ?」


「隠れファンもいるみたいだしな。でも、俺は」


「違うの?」


「ああ」


「ホントに?」


「しつこい。ってかもう学校戻れよ。部活始まってるだろ」


「私もそうしたいんだけどさ、監督命令だから」


「は?」


「『志賀は今日は自宅で休ませる。しかしなぁ、アイツのことだから放っておくと女子高のテニス部の練習を覗き見して通報されるかもしれん。お前がしっかり家まで送り届けるんだ』とのお達しです」


 由美莉は、金魚が口をパクパクさせるみたいにしてしゃべった。我が透谷高校野球部監督のマネをしている。ちなみに監督はしゃべり方にクセのある爺さんだ。


「さすがだなぁ。俺のことこれっぽっちも信用してねえ」


「監督は直人のこと信頼してたんだよ」


「なぜに過去形?」


「こないだ部室にエッチなDVDたくさん置いてたのバレたじゃん? アレで失脚したね、君は」


「アレは全部与謝野から借りたやつだ。俺も悪いっちゃ悪いけど与謝野も同罪だろ?」


「ヨサっちはいいの。キモくないから」


「じゃ、俺はキモいってのか?」


「うん」


「人種差別だッ! 非イケメンにだって人権はあるんだぞ!」


「しょうがないじゃない。直人は日ごろの行いが悪いんだから。だから私、事故のこと聞いた時、直人が平泉さんのことストーカーしてたんじゃないかって思ったもん」


「どこをどう結び付けたらそんな考えに至るか、きちんと説明していただけますでしょうか?」


「だって、五限目の最中だよ。そんな時間にどうしてあんな場所にいたの? それに、直人のクラスの子に聞いたけど、みんなの前で先生に平泉さんのこと聞いて追いかけたんだって?」


「……」


 マズい。返す言葉が見つからない。さっきまでちょっとしたヒーロー気分に浸っていたが、やっぱりこんなことに首を突っ込むもんじゃねえんだ。どう考えたって辻褄の合う言い訳なんてねえ。状況を考えたら、由美莉の言うように俺がストーカーってのが一番飲み込める。しかし、何か言わねえと、俺はストーカー確定だ。しかし幸いなことに由美莉は、勘は鋭いが単純、そしてかなりバカだ。勝算はある。きっとあるはず!


「平泉って浮いてるだろ? だから、何とかしてクラスに溶け込ませてやろうと思ってて……、アレだ、その……いろいろ努力してたんだよ、アハハ」


「で?」


「いや、その……早退したって聞いて、もしかしてイジめられてんじゃねえかと心配して」


「お父さんが倒れたって先生に聞いたでしょ?」


「そ、そうだけど……そんなの分かんねえだろ? イジめられてること言えなくてウソついたかもしれねえじゃねえか、アハハ……何かそんな気がしてさ、だから俺、助けてやろうと」


「はい、ウソ確定」


「おいッ!」


「直人がそんなイイ人っぽいことするわけないもん。ヨサっちだったら分かるけど」


「うぅ……」


「あと、駅で平泉さんと揉めてたって言う話も聞いたけど」


 盗撮騒ぎの件もウワサになってたのかよ……


「あれは平泉の勘違いで……。っていうか平泉本人に確かめろよ! 俺は何もやましいことはねえ!」


「アハハ、何焦ってんの? 冗談だよ、冗談」


「おい~! お前の冗談、真に迫り過ぎだろ!」


「フフ、いつもヒドいことばっかされてるからちょっと復讐してみただけ」


「あのなぁ……だけど、何で信じてくれるんだ?」


「平泉さんと一緒にいるとこ見たから。平泉さん、直人のことヒーローを見るような目で見てたもん」


「そ、そうか?」


「それに……直人はどうしようもないスケベだけど、ウソをつくような人間じゃないしね」


 由美莉はそう言うと屈託のない笑みを見せた。

 その眩しい光景とは裏腹に俺の心模様はゲリラ豪雨。内臓を鷲掴みにされたような気分だった。どんな罵詈雑言よりも破壊力のある言葉を浴びてしまったことに気づく。


――ウソをつくような人間じゃない。


 由美莉の顔をまともに見れないでいると、耳を疑うほどか細く頼りない声が聞こえてきた。


「でもね、二人は付き合ってるのかなぁって、ちょっと思ったよ」


「そんなわけねえだろ……」


 つられて俺も細くつぶやいた。 

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