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01.

「ちょっとどこ見てんの!」


「おっぱいだ」



「はぁあ? このド変態!」


 ドッシリと腰を落とし、三十センチの距離を保ってガン見を続ける。目の前には学校指定のブラウスがはちきれんばかりの巨乳があった。


 ――パシッ


 グランドに乾いた音が響く。

 ロリ顔のショートカット娘は豪快に俺の頬を張った。覚悟の上とは言え、やっぱり痛いものは痛い。

 しかし、こんなことで俺の心は折れない。今日こそ決着をつける時なのだ!


「仕方ねえだろ、イヤでも目がいっちまうんだから」


「仕方なくない! お前がエロいからだー」


「怒るなって。俺は褒めてんの。素晴らしいじゃねえか、デカいって」


「うるさいうるさい! デカくない!」


「悪かった。悪かったって。でも、お前肩凝ったりしねえか?」


「……うん、まあ。結構凝るけど」


「やっぱGカップあると大変だよな」


「うん。DとかEくらいだったらまだマシ……??? っていうか何で知ってんのよ!」


「ってことはGなんだな? Gで間違いないんだな?」


「ゆ、誘導尋問……」


「やっぱGなんだー。よっしゃぁ!」


「何だそれー!」


 ――うぉおおおおおおおおおおおおお


 地鳴りのような声が聞こえてきた。

 バックネット裏に隠れていた男どもが唸りを上げて走ってくる。県立透谷高校野球部、約五十人が俺たちを取り囲んだ。笑顔の者もいる。泣いている者もいる。とにかく、みんな顔が輝いている。


 そんな歓喜の輪の中で、俺の胴上げが始まった。


――わっしょい、わっしょい!


 掛け声とともに俺の体が宙を舞う。生まれて初めての胴上げ。最高だ。こんなにも空が近く感じる。まるで優勝した気分だ。


 我が野球部は創立二十年と歴史が浅く、甲子園に出場したこともない。しかし、ここ数年はベスト8常連。去年は準決勝まで勝ち進んだ。地元では一応、強豪校と認められ、優勝候補にも名前が挙がる。そして今、俺たちは歴代最強チームという評価だ。当然、今年こそはと部員、関係者一同、鼻息が荒い。


そのカギを握るのは高校通算四十本塁打のスラッガー、四番の志賀直人だ。


 ……ちなみに俺のことね。


「ちょ、ちょっと何なのよおぉ!」


 五回ほど宙を舞った時、輪の外から三島由美莉の甲高い叫び声が聞こえた。このデカ乳マネージャーとは中学以来の腐れ縁だ。

 俺は地面に降り立ち、由美莉と対峙した。他の部員たちは俺の後ろに整列する。


「直人、ちゃんと説明しなさいよ」


「いいか、由美莉。お前のカップ数は長年、我が野球部最大の関心事とされてきた。Fだという者もいればGだという者もいた。試合前のミーティングでも何度も話し合った。だがな、どんなに議論を重ねても結論を導くことはできなかったんだ……」


「ええぇ……」


「ところで由美莉、今日は何の日だ?」


「へ?……し、試合に決まってるじゃない」


「そうだ。透谷高校は今日から甲子園を目指して予選を戦う。俺たち三年にとっては最後のチャンスだ。悔いは絶対に残したくない」


「で、私のカップ数を……って全く関係ないじゃない!」


「まあ聞け。話はそんな単純じゃねえんだ。俺たちスポーツの世界に生きる勝負師にとって、縁起ってもんはすげえ大事だ。分かるな、由美莉」


「それは、分かるけど」


「俺たちはお前に命運を懸けたんだ。我が部の女神であるお前のカップ数がGならば、予選を勝ち抜き甲子園の土を踏めると。なぜならばGはグローリー<gloly>、すなわち、栄光のGだからな! そうだろ? みんなぁ!」


「おう!」


 俺の後ろで仲間たちが一斉に拳を突き上げた。


「優勝するぜぇ!」


「おう!」


「甲子園行くぜぇ!」


「おう!」


「ありがとう、由美莉。これで俺たちは……」


「調子のってんじゃねえ……」


「え?」


「このクサれ外道がぁ!」


「ごふっ……」


 由美莉の膝がミゾオチを急襲! 俺は土の上に崩れ落ちた。

 女神さまの逆鱗に触れてしまったのか?

 てっきり一緒に盛り上がってくれると思ってたんだが……。


「死ねよ」


 由美莉は無様に転がっている俺を踏み付けた。短めのスカートの下から無防備にパンツが見える。淡い水色の縞パンだった。

 夏の青空とのグラデーションが趣深いぜぇ……。

 って恍惚としている場合じゃなかった。早いとこ荒ぶる神を鎮めなければ……。


 こんなこともあろうかと、供物ケーキを用意していた。

 一年の部員に「急いで取ってこい」とサインを送る。しかし、ヘビに睨まれたカエル状態の後輩は金縛りにあったように動かなかった。


「お前ら、皆殺しだぁ!」


 雄たけびを上げると、由美莉は金属バットをぶんぶん振り回して無抵抗の群衆に襲いかかった。


「ひいいぃ!」


 部員たちは蜘蛛の子を散らすように逃げて行く。

 由美莉は控えキャッチャーの二年にターゲットを絞った。部内で一番足が遅いヤツだ。悪魔はこういう時、冷静かつ的確な選択をする。


「ぎゃああああ」


 俺は断末魔の叫びを聞きながら、その無残な光景に背を向けた。


 許せ。何事にも犠牲はつきものだ。野球にだってあるだろ? 犠牲フライとか送りバントとか。



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