第八話:おかしな二人
二人が倒れたことを感じ取った圭兎は慌てて、首筋に残っている方の手を当てて、脈を測る。
幸いなことに二人とも、ちゃんと脈があった。微弱というわけでもない。だからこそ、どうして気絶したかわからない。
このまま地面に転がしていると、足が引っかかるかもしれないと思った彼は、二人を片手で担いで、近くの建物に入ることにする。
地面を蹴る。
ただ、それだけの行動で、一瞬にして、少し離れた廃墟に転がり込んだ。すぐに物陰で隠れられる場所に二人を下ろす。運がいいことにそこは一切、甘い匂いが漂ってこない。
「ふぅ」
彼は出てもいない汗を拭うマネをしながら、一息つく。そして、すぐに元に戻ろうとした。だというのにエリカにズボンの裾を掴まれて、動けなかった。
どうやら気絶していなかったようだ。
邪魔なのでキッ! と睨む。
「圭兎ぉ」
だというのに全く動じずに、とろんとした表情で甘ったるい声を上げる。そして、何を思ったのか彼にへばり付く。
「邪魔だ! どけ!」
「なんか、妙に暑いね」
「頭おかしいのか?」
エリカのことなど一切見ずに冷たく言い放つ。しかし、明らかに不自然な衣擦れの音が聞こえたので、慌てて見ると何を血迷ったのか、制服を脱いでいる最中だった。
「はぁ!?」
あまりの予想外過ぎる状況に素っ頓狂な声をあげてしまう。振りほどこうとしてみたけど、意味をなさない。
「なんだよっ! その力!」
いつもの彼女からは考えられないほどの力で掴まれているので、逃げられない。
「逃がさないですよ」
「お前もかよ!」
エリカだけではなく、鏡子も彼に抱きつく。しかも、彼女の場合は自ら立って、完全に抱きついている。そして、何を思ったのか唇を近づけてきた。だから、彼は慌てて自分の口を残っている方の手で隠す。
嫌いな貴族にファーストキスを差し出すほど、彼の防御は甘くない。はたから見ると今の状況は羨ましいだろうが、彼にすれば地獄でしかない。
嫌いな相手が抱きついてきてキスをしようとしてきたり、服を半分脱いでいたとすれば、誰だって地獄に感じるだろう。今の彼は、まさしくそういう状況だ。
だからと言って、暴力でどうにかしようという気にはならない。そんなことをすると、大嫌いな存在と同じだと彼が思っているからだ。だからと言って、今の現状を打開する策は持ち合わせていない。
「なぁ、颯華。どうすればいいと思う?」
唯一の頼みの綱の颯華に話しかける。彼には、もちろん颯華の姿がはっきり見えている。姿も前と違うことくらいわかっている。けど、彼の中では彼女は彼女のままだ。
『そのままお二人に身を委ねてみてはどうでしょうか?』
笑いながらの回答だったが、心は笑っていないことくらい、圭兎にもわかる。なぜなら、目が笑っていないからだ。
「あのぉー。颯華さん?」
『ウフフフフ』
「もしもーし」
『ウフフ』
「怖えーよっ!!」
『どうしてですか?』
「目が笑ってませんよ」
『嘘ですね』
「そんな嘘ついて俺に何か得が?」
『うっ! 確かにそうですね』
「で、どうすれば」
『放っておけばいいと思います』
「それだと永遠にこの状況だから……」
『そうとも限りませんよ』
「えっ?」
少し予想外の回答の理由を聞くために首をかしげる。
『恐らく、彼女たちは媚薬の効果でこうなっています』
「まぁ、そうだろうな。あの甘い匂いも媚薬の一種ということだろ?」
『はい。そうです。つまり、薬ということは効果は一時的なものだと思うのです』
「そんなものか? 効果が強かったら、最初の一発で媚薬が体全身に染み渡り、ずっとこのままという状況もあるだろ?」
『ありません』
「どうして断言できる?」
『それほど効果が強ければ結界なんて役に立ちませんし、広範囲に散布することは不可能です。この媚薬の散布が一時的でしたら、先ほどおっしゃったこともあり得ますが、長い間浮遊しています』
「どうして長い間とわかるんだ?」
『ずっと、この世界を監視していたからです』
颯華の最後の言葉に納得ができたが、おかげである疑問が浮かんだ。今の彼は自分にへばり付いている二人を気にしている素振りはない。 そのせいで二人はさらに彼に密着して、様々なところに性的なイタズラをしようとしている。でも、颯華が二人が彼に触れる寸前で対処しているため、彼は何もしなくて済んでいる。
「なぁ、颯華」
『はい。なんでしょうか?』
「ずっと監視していたのなら知っているだろうが、彼女たちは生きているのか?」
『神ですから、死にはしないでしょう』
「なら、どこにいるか知っているか?」
『恐らくは研究長の研究所だと思います』
「その研究所がどこにあるか知っているか?」
『はい。知っています。案内もできます。しかし、すぐは無理です』
「なら、時間をかければ、案内できるということか?」
『そうなりますね』
颯華の回答を聞いて、彼はホッと胸をなでおろす。そんな彼の首にしがみつく。実体がないため、首が絞まりはしないが、その感触はある。
『あなたは貴族以外の存在には優しいですね』
そう言う彼女の声が少し悲しそうだ。それがどうしてかは、言った本人しかわからない。
そんな時に何があったのかエリカと鏡子の二人が震えているのを感じ取った。決して目を合わせようとしなかった彼は突然の変化に二人を見ようとすると、左頬に弾かれたような痛み。
間髪入れずに右頬に体の芯まで届くように重い痛みを感じたかと思うと、立っていても隠れることができた物陰とは真逆の、伏せていても丸見えな場所に飛ばされていた。もちろん、片手だけなので受け身も取れない。
そして、まるで遅れたかのようにエリカと鏡子の悲鳴が彼の耳に届いた。