第七話:軌際颯華
圭兎たちははゾンビの大群から逃げている。彼一人なら、迎撃及び殺すことが可能だが、二人を守りながらなのでそれは少し難しい。
「ごめん。ホントにアタシたち足手まといね」
「今更だろ」
エリカは彼の返答を聞くと、求めていた答えと違うためかプクーと頬を膨らませている。その様はまるで子供だ。こんな大きな子供はいらないなと彼は素直に思う。でも、鼻と口は押さえておけという命令にはキチンとまだ従っているから、そこまで子供というわけではない。
しかし、彼にとってはそんなこと些細なことだ。相手は貴族なのだから。
『ただの鬼ごっこはつまらなくなってきたな。なら、次は増え鬼なんてどう?』
研究長──軽総都が声を響かせながら、そんなことを言い、手を横に水平に振るうと、どういう仕組みか彼らが逃げていた方に、追って来ていたゾンビたちと同数のゾンビがいた。まるで鏡合わせのようだが、鏡なんて存在しない。
マジかよという顔をしたが、今の状況を打開できる唯一であろう手段を思い出した。
「仕方ないか。……さて、始めようか」
圭兎はそんなことを言うと、自分の手首を切り落とす。
「っ!? 何しているのよ!」
「見ておけばわかる」
痛みで顔をしかめながらも、エリカの言葉に一応は返事をするが、一切そちらに目を向けない。
『我が手首を供物に捧げる。妖刀罪殺の封印を解け』
誰かに命令するかのように言っている。その間にもゾンビたちは攻めてきている。
彼がセリフを言い終えると、真っ白な袴を着ていて、帯の部分だけが赤い女性が現れて、彼の肩に掴まっている。
女性は腋の下まで伸びている日本人形のような、絹を連想させる暗い黒髪。目はクリクリとしていて、瞳は赤黒い色をしている。そして、何よりも肌が死人を連想させるほど白い。そんな女性がゾンビを見ると妖艶だが、不気味に感じる微笑を浮かべた。
「いくぞ。颯華」
「「えっ?」」
女性の姿が微かに見えているエリカと鏡子の二人は、彼の呟きに思わず疑問の声をあげてしまう。
彼女らが知っている颯華──軌際颯華はここまで妖艶ではなかったし、肌も白くなかった。姿もボヤけていなかった。普通の人間と見間違うほど、少なくとも外見上は普通の人間だった。
おかげで圭兎の記憶が戻っているが、元通りではないことを理解した。
そもそも、圭兎もアレくらいのケガなら、すぐに治っていたが、今は一向に治る気配がない。
二人が色々と戸惑っている間にも、すでに彼は後方のゾンビたちに向けて、駆け出していた。
「彼女を呑み込んだか?」
『よく、おわかりで。ですので、姿を彼女に変えることができるますが、どうしましょうか?』
「どっちでもいい」
『興味はないということですか?』
「まぁ、そう考えて貰えば助かる。どっちでもメリットとデメリットは変わらん」
『確かにそうですね。貴方はどちらにも好意を抱いていないのですから』
「抱いて欲しいのか?」
『気持ち悪いです』
「だろうな。愛にうつつを抜かすほど、頭がお花畑じゃないしな」
『軽くあの子たちをディスっています? 』
「軽く? 冗談言うな。完全にディスっている。まぁ、貴族という存在は頭がお花畑の方が務まる可能性が高いしな」
『そうとは限りませんよ』
「俺個人の見解だから、気にすんな」
久々の再会に二人は楽しそうに話していたが、その間にもゾンビたちは殺されている。だから、彼はすでに返り血に染まっている。
二人は談笑しながらも、ゾンビたちを屠っている。
多すぎてそうは見えないが、順調に数は減っていっている。
「しまった!」
何があったのか圭兎が突然、そんな声を上げる。
『あの二人……スゴイですね。文房具類でゾンビたちを殺していますし。ですから、何がダメなのですか?』
「あいつらに結界をし忘れていたっ!」
地面に一瞬だけ、罪殺をぶっ刺しながら、彼は二人が戦っている方を見ずにそう言って、文房具類で必死に戦っている二人の元に駆ける。
ゾンビを引き連れていると思いきや、まるで見えない壁に阻まれているかのように、ある一線を超えられない。
実際に罪殺のチカラで罪がないものをこちらに来させないために見えない壁を作ったのだ。
ゾンビたちはいつの間にかいなくなった、軽総都にゾンビにされて、操られているだけ。それに人を殺したりもしていないようなので、壁の効果は発揮しているようだ。
『どうして二人に結界をしないといけないのですか?』
ーーそっか。そうだよな。こいつは実体がないんだしな。
一瞬だけ呆れたが、彼女の言葉に納得がいったので、理由を話すことにする。
「実体がないからわからないだろうが、今ここには嗅いだこともないほどの甘い匂いが充満している。毒の可能性もあるため、口と鼻を押さえさせていた。だけど、戦っているということはそれができていない。あとはわかるよな?」
『死ぬかもしれないから助けに行くとは、やはり優しいですね』
「お前の頭もお花畑か。もし、軽総都の常套手段の人を操るためだったらどうする? 殺すことに躊躇なんてないが、こいつらが敵に回ると厄介だ。特に蘭駈の場合はな」
『ふふっ。お優しいですね』
颯華の返答にもう、返すのすら面倒になったので無視をしておく。
数秒後に二人の元にたどり着いた瞬間にゾンビたちをなぎ払い、すぐに罪殺を近くの地面にブッ刺す。
最初は何も起きなかったが、罪殺は先ほどの彼が言ったことを思い出して、結界を張る。もちろん、三人を囲む結界だ。
「どうして来たの! アタシたちも戦える!」
「そうです! 文房具類でも充分ですから、こちらは気にしないでください!」
「お前らが戦えることくらい知っている。それに誰が貴族を助けるかよ」
「なら……どうして!」
「俺の命令」
それだけの言葉で二人は口と鼻を押さえてなかったことを思い出した。それを証明するかのように、口と鼻を慌てて押さえる。
ーーどうやら頭がお花畑だけど、記憶力は人並みにはあるみたいだな。これでトリ頭だったら、絶対にここで捨てたな。
彼は二人のことをミジンコくらいは認めた。それと同時に大丈夫だろうと理解した。
しかし、その考えは間違いだった。
二人はほぼ同時に気を失い、その場で倒れたのだ。