第六話:始まりの帰還
いつも通りの帰路を圭兎は歩いている。その後ろには電柱や壁に隠れて尾行をしているエリカと鏡子がいる。そのことに彼は気づいていない。今日一日の出来事を整理しているのだし、仕方ないだろう。
今日一日で重要なことをいくつか手に入れた。
記憶がない四ヶ月前の五月に貴族と共に行動していたこと。その間は貴族と仲良くしていたこと。
四ヶ月前よりもさらに昔に蘭駈鏡子と仲が良かったこと。
たった三つ。されど三つだ。
エリカには四ヶ月前からも絡まれていたが、それ以外の五人には突然、絡まれ始めた。それらに対する謎が一日で三つも解き明かされたのだ。でも、その代わりにさらなる謎が浮かび上がってきた。しかも、その謎の方が強大で解き明かされる気がしない。
なぜ、彼は記憶を一部分だけ失ったのか。どうしてゾンビという存在と戦った記憶があるのか。そして、彼と貴族たちはどうして仲間だったのか。
三つ減ったが三つ増えた。要するにプラスマイナスゼロだ。そんなことばかり考えているから、普段なら気づけるエリカと鏡子の気配にすら気づけてない。
「ん?」
突然、頭に普段とは違う道を通れという命令が浮かんだので、ついつい声を出してしまう。普通は脳の命令は認識できないはずだ。なのに認識できた。不思議に思いながらも命令に従う。
少し進むと行き止まりだった。ここは住宅街なので行き止まりも存在する。
「なんだあれは?」
行き止まりの壁の前の地面に何かが、ぶっ刺さっている。一歩だけ近づいてみるとそれがどうやら抜き身の日本刀であることに茜色に染まっている夕陽の反射で気がついた。
形や色は共に普通の日本刀と変わらない。だけど、なぜか禍々しい紫色の靄が日本刀全体を纏っているように見える。
頭に妖刀という単語が浮かんできた。その可能性は比較的に高いと思った。普通ならそこで離れるのだが、圭兎はなぜか近づいていく。
ゆっくりと近づいていったので、ほんの三メートル程度の距離を十秒近くかけて進んだ。
今、目の前の刀は手を伸ばせば届く距離にある。だから、迷いもせずに彼は手を伸ばして刀の柄の部分に触れた。
「なん……だ? ……グッ!!」
刀に触れた瞬間はまだマシだったが、すぐに体全体をありとあらゆる負の感情が蝕む。さらに負の感情だけではなく、誰かの負の記憶すらも襲ってきて、圭兎の体を乗っ取ろうとしている。
『ガアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
人の口から出たとは思えない獣のような声を上げる。
負の感情と記憶はさらに勢いを増す。しかし、その中で一つだけ彼を救うかのような光が浮かんでいた。その光を掴むため空いている手を伸ばして、掴み取った。
すると、その光が彼の中に溶け込み、負の感情と記憶の勢いをなだめた。
まるでパズルのピースがキチンとハマったかのように違和感がない。光が彼の失われていた四ヶ月前の記憶を蘇らせた。
でも、今の彼にとっては異物が入ってきたのと同義なので、拒絶反応を示すかのように彼はうつ伏せで地面に倒れた。意識は失っていない。ただ、全身が痙攣していて起き上がることができそうにない。
突然倒れた彼を見て尾行していたエリカと鏡子が慌てて駆け寄ってくる。二人は彼が意識を失っていると思っている。だから、二人で彼の腋に肩を入れて持ち上げようとする。
「「重っ!?」」
あまりの重さに目を見開きながら二人は慌てて、腋に入れていた肩を抜く。だが、気を失っていると思っていた彼が、震える体のまま日本刀を杖にしながらも立った。そして、二人の方へ振り向く。
「お前らは帰れ」
圭兎の言葉に二人は呆然と立ち尽くす。気を失っていたと思っていた者が動いて、さらに自分たちに普段の彼からは発せられることがないほどの優しい声で、怒るわけでもなく言ったのだ。
「記憶……戻ったの?」
色々と聞きたいことがあるが、質問に全て答えてくれるわけがないことを知っているエリカは瞬時に厳選された質問をした。すると彼は一言「あぁ」と答えた。その反応で二人は理解した。
本当に圭兎は記憶が戻っていることに。
「だったらアタシたちが帰らないことだってわかっているでしょ? それと今から何をする気か教えて」
先ほどの質問と最後まで拮抗していた質問をする。
「あいつらは生きている。だから救いに行く」
「どうやって行くの?」
「わからん。とりあえずは、この妖刀罪殺で色々と試してみる」
「あっちでは約八年経っているわよ。生きているか怪しいと思うわ」
「生きている。絶対にな。だから、行くしかないだろ。お前たち二人は帰ってくれ」
「お断りします」
「……どうしてだ?」
「もう、あなたを置いていきたくないからです」
先ほどまで黙っていた鏡子が突然、会話に入ってきた。彼女に言われたセリフのせいで、彼は渋々、二人が付いてくることを承諾するしかない。
四ヶ月前、実際に自分だけ残り彼女たちのみをあの世界から追い出したのだから仕方がない。
「わかった。でも、戦闘になったら隠れろよ。お前ら武器を持っていないんだしな」
「あるわよ」
「どこに?」
「アタシたちは学校の帰りよ。コンパスやら定規やらいくらでも武器があるわよ」
「文房具が武器とか、どこぞの蟹に取り憑かれた人だよ」
彼のちょっとしたネタに二人は首を傾げていたので、理解できていないことが明白だ。
「さて、あの世界でも探すか」
相変わらずの反応を見て、むしろ安心した彼がそう言うと、妖刀罪殺を地面から引っこ抜いた。それと同時に辺りが廃墟と化した。どこを見ても文明は発達していない。空もどんよりと雲で覆われている。地面なんて土が丸見えだ。さらに所々、隕石でも降ってきたのかクレーターができている。
「うっ! 二人とも、とりあえず口と鼻を何かで隠せ」
彼は口と鼻を抑えながら指示したので、こもった声だったが、二人はすぐに指示に従ってくれた。
ーー久々にやってきたのに、この甘ったるい匂いはなんだ? やはり八年も経ったら変わるものなのか?
「おかえりなさい。滅亡世界に」
「っ!?」
突然、聞こえた声に反応すると茶髪のショートボブの鋭い目つきで緑色の瞳を持っている女性がいた。その女性の格好は白衣を着て、中に白いTシャツを着ていて、紺色のジーパンを履いている。
見た目ではわからなかったが、服装でそこにいる三人は彼女の正体を理解した。
『軽総都の名によって命ずる。腐肉者たちよ。そこにいる三人を熱烈に歓迎してあげて。男は生かし女は好きにすればいい。殺すのもよし。犯すのもよし。捕食するのもよし。さぁ、行きなさいっ!』
研究者のような格好をした軽総都という女性の姿をした、バケモノが歌うように言うと無数のゾンビが彼ら目掛けて突撃してきた。
昔と変わらずにゾンビたちは武装していない。