第三話:数ヶ月前よりも、さらに前の記憶
ほとんど人が来ない社的な場所で圭兎は寝転がる。これも丘道学園の敷地内だ。
ここは木陰が多いため、もう九月も末だ。彼が住んでいる地域は比較的涼しい地域なので、この時期でも木陰はかなり寒く感じる。だからだろうか、秋と冬の間は閑散としているため、一人になりたい者にとっては最高の特等席だ。
しかし、この学園には彼以外、誰一人として一人になりたい者はいない。
皆、昼休みは友達と楽しく過ごすか、有名な貴族に媚を売りに行くかの二択しかない。いや、たまに勉強熱心で昼休みも勉強をしている者もいる。
結局のところは、この場所は圭兎だけの場所になっている。彼自身は友達がいないと思っているので、彼一人しかいない。
ーーなんだ? この心がモヤモヤする気持ちは。俺にはこの学園に友達なんていない。でも、なぜかいた気がする。
「あぁ、クソ! 一体、数ヶ月前に何があったんだ? 何も思い出せない!」
彼はいくら考えても出ない答えにイライラしながら、愚痴をこぼし、八つ当たりのため近くの木の幹を殴る。
案の定、自分の拳が痛くなったのか、手を振っている。すると突然、背後から強烈な気配を感じたので近くに落ちていた枝を拾い相手に向けるが、何もいなかった。そう思っていた。
突然、背後から風切り音が聞こえてきたので、前に転がりながらも枝を投げると、弾き落とされる。
すぐに前を向くと目の前に紺色の道着姿の少女がいた。漆黒の髪を持ってい髪と同じ色の瞳を持っている。少し目つきが鋭い少女だ。その少女はポニーテールだが、解いたら長いことがわかるほど長い。しかも、身長も女性にしたら高い方だが、胸が残念だ。
「ヤァァァァァッッッ!!」
彼女はかなり気合が入っている声で、手に持っている竹刀を彼へと振り下ろす。彼は自信があるのか真剣白刃取りの構えをしている。しかし、寸前で微かに軌道をズラされた。
「タァァァァァッッッ!!」
「っ!?」
先ほどの声に負けないほど大きな声で叫ぶ。
胴を狙ってきたので彼は息を飲むが反射的に高くジャンプして竹刀を避ける。おかげで空を切ってくれた。しかし着地寸前で、まるで蛇がうねったかのように見えるほど早く、竹刀が彼の首を狙う。
普通は剣道している者であれば何でもいいが、先ほどと同じように声を出すはずだ。なのに今回は無言で襲ってきた。
首を縮こめて、態勢を変える。すぐに首の部分を守るように十字型に腕を変える。右足を防ごうとしている部分まで上げた。
すぐに両腕と右足の内側に痛みがジーンと沁みてきた。
「くっ」
彼は痛みで少し食いしばったが、すぐに収まったので地に足をつけるとズキズキと痛んだ。しかし、彼は何事もなかったかのような表情で道着姿の少女を見る。
彼女は優しく微笑んだかと思うと、腰に竹刀を差した。
「お前は誰だ? 何しにきた? 俺を殺したいのなら偽物じゃなくて本物を持ってこい」
「殺したいとは一切思ってないです」
「なら、どうして突然、襲ってきた?」
「確かめたくて」
「何を?」
「本物かどうかを」
彼女の言葉を聞いた瞬間に彼は鬱陶しく思っていそうな表情をしながら、ここから去ろうとする。
「待ってください!」
「…………」
声をかけられたが無視をして、別の場所に行こうとしている。
「私……わたしの名前は蘭駈鏡子です。生徒会副会長を務めさせてもらっています」
少女、蘭駈鏡子は最初は硬い口調で言おうとしたよつだが、少し砕けた言い方に変えた。しかし、圭兎にとっては、そんなことどうでもいい。そんなことよりも名前と最後に言った役職名だ。
生徒会とはただの貴族ではなく有名な貴族しか務めることができない役職だ。そのおかげで彼女の正体を知った。知ったからこそ、その場で立ち尽くしてしまう。
蘭駈とは武道で超が付くほど有名な武家だ。昔に、ある貴族の奴隷として使われていた時に蘭駈家から武道を習った。皮肉なことにそれが圭兎の動きの元になっている。
教えてもらっている時に一つ歳下の娘が蘭駈家にはいた。その子とは仲が良くて、あの時は妹が三人いるみたいだと思っていたことを、彼は思い出した。
今までその子のことを忘れていた自分を褒めたくなる。しかし、思い出したからには仕方がない。あちらは覚えていないようなので、知らない演技をすることにした。どういうわけか自分の演技力には自信がある。
「何をしに来た?」
「あなたに会いたくて……」
「はっ? どうして?」
「……あなたとわたしは数ヶ月前に一緒に行動していたからです」
そんな言葉を聞いた瞬間に彼女の胸倉を掴み、睨むような目つきで見る。
「数ヶ月前っていつだ? もしかして、四ヶ月前のことか?」
「えっ? そうですけど……。それが?」
「教えろ! 俺はお前と、どうして行動していた? どんな風に会話していた? どんな関係だった?」
問い詰めるように間髪入れずに質問をしていく。しかし、首を横に振られるのみ。
「……言えません」
彼女は絞り出したかのような微かな声で言う。しかし、どうしてか辛そうな表情をしていた。
「チッ! そうかよ!」
舌打ちしながら突き飛ばして冷たく言い放つ。そんなことをされて怒るかと思えば、先ほどの戦意はどこにいったのか、叱られた犬のようにションボリとしていた。そんな姿を見て少し戸惑ったが相手は人間で、しかも貴族だということを思い出すと鏡子に背を向けて、また別の場所へ向かった。
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圭兎が去っていくのを見送ると彼女はどういうわけか涙を流した。
「あれ? どうしてわたしは泣いているのだろう? 確かに悲しいのはわかる。でも、この気持ちは一体?」
そんなことを呟く彼女の胸には穴がぽっかりと開いていた。でも、彼に好意を抱いているわけではなかったから、これはおかしいと自分で思っている。
「それにどうして彼の動きを見て、とても嬉しく思ったのだろう? わたしたちは四ヶ月前よりも前に一度出会ったことがあるの?」
彼女は思ったことを口に出した。しかし、そんな記憶は一切ない。その時にふと今の気持ちと一緒で記憶にぽっかりと穴が開いていることに気づいた。それでさらに心が締め付けられる。
「ごめんなさい。ごめんなさい! 忘れてはいけないことを忘れてしまった。それにあの人に隠し事をしてしまっている! ごめんなさい。本当にごめんなさい!」
まるで力が抜けたかのように地面にしゃがみ込むと「ごめんなさい」と嗚咽交じりの声で言い続けた。