第一話:ある日の朝
黒髪黒目の少年はつり目気味だ。そんな彼が瞳を前髪で隠しながら歩いている。彼は学生のようで制服を着ている。それも普通の学ランだ。そんな彼の手には茶色のカバンが握られている。
今、彼が通っている道はあちらこちらに煌びやかな豪邸がある。彼はそんな豪邸を殺意が宿っている瞳で睨んでいる。先ほどまで彼は少しだけボロボロのアパートにいた。周りも庶民的な雰囲気が漂うほどの地味な建物ばかりだった。今、彼が歩いている道とは裏腹で暗い雰囲気が漂っている。
「おはよう。圭兎」
「…………」
背後から肩よりも少し長い茶色の髪を持っていて、水色の鋭い瞳を持っている少女が、彼の肩を軽く叩きながらも声をかけた。
少年の名前は志水圭兎。彼は振り返りもせず、無言で少女──エリカ・タンダクから距離を取る。彼女はそんな圭兎の反応を見て、苦笑を浮かべている。
西暦2035年の日本の割には未だに貴族と平民が存在している。そして、その貴族の大半が彼女のような外国人だ。平民である圭兎は貴族が大っ嫌いだ。数年前に彼の家族は皆、ある貴族の手によって一家惨殺されたからだ。親戚も誰一人としていない。
今は皮肉なことに貴族である女性に引き取られて生活している。その女性は圭兎らが通っている小中高一貫の国立丘道学園の学園長を務めている。しかし、若いわけではない。むしろ、そろそろ高齢者に入るほどの年齢だ。しかし、歳を感じさせない。むしろ、かなり若く見える。
圭兎は着てないが、この学園の制服は少し異常だ。それは男女問わず。
男はスーツのようにピチリとした白い、見た目も学ランとブレザーの中間のようなものだ。襟元にこの学園の紋章である、獅子と狼が向き合いながら掴みあっているようだ。さらに真ん中には地球を表したかのような球体が描かれている。
スーツのようなので必然といえば必然だが、ネクタイをしなければならない。そのネクタイは学年の色と同じ色をしている。ボタンは黒一色だ。そして、ズボンが黒一色。
だから、上下共に黒色でボタンが金色なだけの圭兎の服装はかなり目立つ。微かに襟元に付いている学園の紋章で学年の色があるだけだ。
今は高校一年生が赤。高校二年生が青。高校三年生が緑。中学生も同じ色だ。小学校はそれに三つ追加される。今の四年生が黄色。五年生が濃いピンク。六年生が紫。制服の形は一緒なため成長しなかったら、服が同じでも問題ない。でも、そんなのは無理だと誰もが知っている。
女は下が太ももの真ん中辺りまでしか長さがないミニスカート。上は袖口にヒラヒラとしたものが付いていて、肩は露出をしている。裾は短くて危うく、ヘソが見えそうで、色は薄い桃色だ。胸元にはリボンが付いている。そのリボンはなかなか自己主張が激しい。リボンとスカートで学年の色を表している。色は男と変わらない。
やはり、そんな制服ばかりなので圭兎は目立ってしまう。しかも、問題をよく起こすので悪目立ちだ。だからこそ、エリカ以外は誰一人として彼に話しかけようとしない。彼女はどうやら風紀委員長を務めているようで、成績優秀だ。さらに品行方正で眉目秀麗。
彼女が彼に話しかけているのは自分は圭兎が来てから成績で万年の二位だからだ。しかも、ほとんどがギリギリ。彼が数ヶ月前に転入してきて早々は、いつも通りの勉強をしていた。でも、彼が転入してきて初めてのテストは惨敗だった。今までだと余裕で一位だったが、上には上がいた。しかも彼の場合は勉強もマトモにしてないし、学校も出席日数の必要最低限しか来ない。だというのにエリカは負けたのだ。
それからだ。彼女が彼に話しかけるようになったのは。そして、誰もが彼女を羨望の眼差しで見ているが、彼だけは違う。むしろ、彼女の方が彼を羨望の眼差しで見てしまっている。そのことに彼女自身は気がついているが、彼は一切気づいていない。
普通なら鈍感と言われるほどだが、仕方なく思う。それもこれも全てあの世界が原因だと、彼女は知っている。
ゾンビやクズ過ぎる人間。さらにモンスターまでもが徘徊しているあの世界。
全てあの世界にいた悪魔的な人間のせいだ。そのせいで彼は大切な存在を幾度となく亡くして、あの世界の記憶まで消えた。いや、それだけではないかもしれない。もしかすると、感情すらも消えたのかもしれない。あの世界から帰ってきてから、彼は作り物の表情以外は全然表情を変えなくなった。ずっと、陰りが見えている。そんな表情だ。
さらにあの世界に行く前よりも彼は冷たくなっている。
全てあの世界と悪魔的な人間のせいだ。そのことを彼女は知っている。彼女らは知っている。
だから皆、彼から距離を取り始めた。唯一エリカだけが距離を取っていない。いつ何時、彼の記憶が戻るかもしれない。感情が戻るかもしれない。だから、側に誰か一人でもいてあげないと、心が潰れる。潰れてしまう。
それほど彼はあの世界──滅亡世界で辛い思いをしてきた。
彼女は彼から距離を取ってはいけない。いつ全てが元通りになる日が来るかもしれない。誰もが笑い、楽しく生きる世界を迎えれるかもしれない。全てがポジティブに考えた結果がこれだ。彼は何一つ悪くないことを知っている。
だからこそ彼女はいつか迎えられるかもしれないハッピーエンドを待ち続ける。そのハッピーエンドの世界は一人でも欠けたら永遠に訪れなくなる。だからこそ、訪れた時のためにエリカはできる限り圭兎に寄り添っていようと考えている。それが償いでもあるのだから。
どれだけ彼に避けられようとも決してめげない。そう誓った。
彼女は気づいていないだろうが、少し彼に惹かれている。彼の隣でいるだけで幸せな気持ちになれる。エリカはこの感情のことを友情だと思っている。