第十八話:大量殺害
べちゃりと粘質な音を立てて、雨美の真っ二つにされた体が地面に落ちた。誰もが予想外の展開に驚きを隠せない。
だけど、このままジッとしてはいられない。
「うおおおおおおおおお!!」
音符を相手にしていた一人の青年が雄叫びを上げながら、圭兎に襲いかかる。
「やめろ!! 相手の力量はまだわからない!!」
白髪の青年が離れたところにいる圭兎たちに声が聞こえるほどの大きさで制止を言うが、止まるはずがない。そんな相手を圭兎が逃すわけがない。
青年がたどり着く前に横に移動して、彼が持っている長剣を素手で叩き折った。予想外だったのか「なっ!?」と明らかな驚きを表す声を出した。けど、圭兎の攻撃はこれで終わらない。
青年の首根っこを鷲掴みにして、思いっきり地面に叩きつけた。それだけでも重症は確定だが、化け物となった圭兎が重症で終わらせるわけがない。
青年の頭を全体重かけて踏みつける。
「が……あっ!!」
うめき声を上げた。そんな青年を助けるべく、何人かが駆けようとした。でも、圭兎の眼球がない一睨みで恐怖を覚え、全員が怖気付く。その間も頭を踏み続ける。
人間の頭はヤワな耐久力じゃない。頭を文字通りの踏み潰すためにはもっと重量がある。すぐに体重が増えたりしないが、今の彼には翼という存在がある。それを大きくし続ければ、人間の頭の耐久力を超えて、いずれは潰れることになる。
翼を大きくしている間は身動きが取れないことを、先ほどの戦いで察した亜衣は地面を思いっきり踏み込んだ。
だけど、化け物とはいえ、隙を長い時間、作るほど馬鹿ではない。瞬時にして彼の体の何十倍もの大きさとなった翼のせいで、踏まれていた青年の頭は文字通り、プチッと潰れた。
化け物の足だけではなく体にも、ベットリと血が付着した。もちろん、数は減ったが体に刺さっている多種多様な武器も返り血に染まっている。
「うああああああああああ!!」
女性が一人で目に涙を浮かべながら、殺気が宿っている瞳を圭兎に向けながら、駆けてきた。
外見の年齢的にも先ほど潰された青年と変わらない程度なので、恐らく恋人だろう。よく見ると武器までもが同じ長剣だったので、恋人なのは確実だとわかった。
化け物ながらも呆れた表情を浮かべる。駆けて来る女性の両足を圭兎の体に刺さっている短剣で切り落とした。化け物になっているとは言え、女性だけを殺さなかったり、女性の尊厳を蔑ろするなんていうことはしない。別の言い方をすると、復讐なんて面倒臭いので女性も同じように殺す。
両足を切り落とした短剣を投擲して、彼女が手に持っている長剣を弾き飛ばす。流れるような動きで、弾き飛ばした長剣を手に取り、首を切り落とした。
そして、残った胴体を手に持ち、まるで遊ぶかのように首を踏み潰した、青年に抱きつかせた。
女性の尊厳は蔑ろにしないが、死体の尊厳は別だ。
圭兎──化け物のそんな思考に憤りを感じたのか、皆が同じように駆ける。
それから数分間。まるで復讐の連鎖かというかのように様々な人が化け物に立ち向かい、生命を絶たれた。そのため荒野は血の海となっている。
残っているのはエリカと鏡子と颯華と亜衣と後方にいた三人の青年のたったの七人だけだ。
九十はいた人間がそこまで減った。その全員が化け物と化した圭兎の手によって屠られたのだ。
七人は八十六人が犠牲になっている間に出来る限り遠くへ離れていた。エリカと鏡子と颯華は各青年がそれぞれ担いで逃げていた。
亜衣の内心はせめて圭兎から聞いた三つの願いのうちの一つでも叶えようと必死だった。だから、背後に気が回っていなかった。そのため化け物の接近に気づけなかった。彼がそう簡単に逃がしてくれるはずがない。
串刺しにされていた多種多様な武器も全てなくなり、眼球も元に戻り、体全身も元に戻っている。背に生えている骨格の翼を除けば完全に元の志水圭兎だ。
圭兎は亜衣の首を絞めている。今回は徐々に殺していくスタイルのようだ。
首を絞められている亜衣に気づいた白髪の青年は立ち止まり、亜衣のことを見ている。
「逃げ……て。……早く」
「洲さん!! 今、助けるから!」
「行って! 早く! 三人を救ってあげて! これが彼……志水圭兎くんの願いなの!!」
「「「『っ!?』」」」
エリカ、鏡子、颯華、白髪の青年は同時に息を飲んだ。
「志水……圭兎……。その子があの…………」
白髪の青年はボソリと言葉を漏らす。それは誰の耳にも届かない。
「圭兎っ! そんなのって……そんなのってない!」
「圭兎さん!! 帰る時はあなたも一緒です!! もう、あなたを置いてけぼりにはしたくないのです!」
『圭兎様っ! 今から助けますから!』
先ほどまで意気消沈していた三人は同時に声を上げて、圭兎に近づこうとする。
「三人を元の世界に連れて行って! 任せた!」
「あぁ、わかった! 二人の願い……絶対に叶える!」
白髪の青年が意を決したかのように言ったかと思うと駆け出そうとしていた颯華の鳩尾を殴ったあとに後頭部に手刀を入れた。そんな彼を見た二人の青年は残りの二人に手刀だけを入れた。
駆け出そうとしていた三人はそれで意識を消された。一人で一人を担ぐと、白髪の青年はポケットから取り出した液体が入った瓶を地面には叩きつけると、何もない空間に門のようなものが開かれた。
「絶対に……二人を助けに来るから!」
先に飛び込んだ二人の青年の後に続いて、白髪の青年はそうとだけ残して、門の中に飛び込んだ。すると、門が閉じて存在自体がなくなった。
亜衣はもう意識が消えそうだ。
「圭兎……やめるのよ」
真っ二つにされたはずの雨美が何もなかったかのように彼の肩に触れながら言うと、指示通りに首締めをやめた。
「がはっ! ごほっ!」
盛大にむせ返った。その間に雨美がパンと叩くと、圭兎から骨格の翼が消える。
「あれ……俺は一体……」
軽く額を抑えながら呟いたのが、ホントの志水圭兎だとほんの数分しか一緒に過ごしていない亜衣にもわかった。
「さぁ、おやすみ」
雨美が笑顔で言うと二人は何者かに何かを口に突っ込まれて、飲まされた。そして、二人同時に意識が沼のような深みに落ちていった。