第十六話:三つの願い
ポニーテールの女性は足を撃たれたが声を出さない。出なかったのだ。あまりの痛みでというわけではない。むしろ、痛みは感じなかった。ただ、撃たれた場所が熱いと感じるだけだ。
しかし、そのことは誰も気づかない。そもそも、全身串刺しにされている人間が動くと誰が思うのだろう。彼女だって、目の前で動かなければ信じられない。
すると、圭兎は動けない女性の肩に触れた。そして、そのまま近くの物陰に連れて行く。
二人以外の誰もが時間が止まっているかのように動かない。
滅亡世界はほとんどが廃墟なので隠れる場所が数えられないほどある。でも、彼が女性を連れ込んだ場所はその中でも珍しい建物の状態が残っている一軒家だ。
さらに運がいいことにその一軒家には家具が揃っている。電気で動くもの以外は普通に使おうと思えば、使えるほど原型を留めているが、埃がエゲツないほど被っているのは言うまでもない。
ここは家だ。布団はある。しかも、どうやらここは夫婦が暮らしていたようなので、ダブルベッドがある。圭兎は女性をそのベットに仰向け状態で寝かせた。そして、すぐにその上に乗る。
女性はなぜか身動きが取れない。まるで、麻酔でもされているような気分だ。
彼は自分が風穴を空けた女性の右足の太ももに手をかざすと、血が止まり穴が塞がった。ちなみに彼自身は今は邪魔なので、一旦刺さっていた多種多様の武器を引き抜き、宙に浮かせている。
武器が引き抜かれていると、超回復が起きたため今は完全に普通とは変わらない。
「すみませんが、あなたの名前を教えていただけないでしょうか?」
「わたしの名前は洲亜衣。あなたは?」
「志水圭兎です」
「志水……圭兎……?」
「どうしましたか?」
「なんでもないよ。それで今から志水くんは何しようとしているのかな?」
「すぐにわかります」
彼はそう言うと彼女と体を重ねた。もちろん、足も絡めているし、手も恋人繋ぎというものにしている。
「わ、わたしと志水くんは初対面だと思うのだが?」
「初対面ですよ」
「わ、わたしはいい体してないよ。なのにどうして?」
彼は彼女の質問を笑顔で誤魔化す。そして、唇を近づけていく。
「初対面の人に今から言うことを頼むのはどうかと思いますが、お願いします」
亜衣の耳元に近づけた唇で紡ぐ。返事はない。だから、続きを言う。
「俺は雨美に体を操られています。今はなんとかこちらが主導権を握っていますけどね。だから、今ここでお願いを言います。きっとあそこだと邪魔が入りますから」
「前置きはいい。早く本題を」
「……わかりました。俺の願いは三つです。
一つ、あの場にいる軌際颯華とエリカ・タンダクと蘭駈鏡子を元の世界に帰してあげてください。
二つ、あなたたちが繁殖の悪魔と呼んでいる彼女──雨美は信じられないでしょうが、女神です。今は軽総都に操られているだけです。どうか、彼女を救ってください。
三つ、俺はあの場所に戻ると自分を制御できなくなります。ですから、殺してください。そうしないとあなたたちに被害が出ますよ」
お願いを言い切った。でも、彼女からの反応はない。仕方ないかと思ったので、何も聞かないことにした。無言は肯定ということにした。
「ねぇ。いくつか聞きたいのだけどいい?」
「はい。なんでしょうか?」
「どうしてわたしをベットに押し倒したの?」
「これが一番誰にも聞かれなくて安全だからと思ったからです」
「時間を止めているのに? というかどうして時間を止めれるの?」
「時間を止めていても盗聴されている可能性があるからです。特に軽総都に。ちなみに時間を止めたというよりも、止まったという感じですけどね」
「ということは自分で止めた感覚はないということかな?」
「その通りです」
亜衣は圭兎の返事を聞くと「そう」とだけ返した。いつまでも馬乗りになっているのが申し訳ないと感じたので、ベットから降りようと布団に手をついた。その瞬間に手首を持たれて、捻られた。
彼女は予想以上に力が強かったため、普通に体ごと反転させられた。そのせいでベットに仰向け状態になる。すると、何を思ったのか亜衣は圭兎に馬乗りする。しかも乗っているのが、ちょうど股の辺りだ。
「ふふっ。硬くなってる。もしかして、ヤリたいの?」
「いや、これは生理現象です。決してそのような、やましい気持ちはありません」
圭兎は言ったがそれは嘘だ。だけど、初対面の相手とはさすがに遠慮したいのも事実である。
そんな圭兎の心を知ってか知らずか、服をめくる。
「あなたって案外、いい体しているんだね」
楽しそうに言うと亜衣は圭兎の体に舌を這わせた。彼は全身に鳥肌が出てきた。でも、寒気がしたわけではない。そのせいもあり抵抗する気が失せた。
舌を這わせ終えると何を思ったのか、抱きつき首筋にキスをした。もちろん、舌を這わせられた。
「一応、言っておくけど、これらの行動には全て意味があるから」
「そう……ですよね」
「あれ? 残念そうだね」
「まぁ、残念と言えば残念ですけど、最期ですからこれくらいがちょうどいいのかもしれませんね。それでは元の場所に戻りましょうか」
解放された圭兎は元の場所へと向かった。つまり、自ら死地に赴いているようなものだ。そのことを知っている亜衣は少し悲しそうな表情を浮かべていた。