第十四話:地龍
圭兎は会いたかった相手に会えた。だから、近づこうとしてしまう。
『圭兎様!!』
颯華に名前を呼ばれて、ハッとして距離を取る。
「酷いよ。やっと再会できたのに……。会いたかったのに……。離れないでよ。ワタシを救ってよぉ」
「くっ!」
泣きそうな表情をされた。相手は会いたかった人物だ。なのにそんな表情をされると、近づきたくなる。でも、近づいてはならない。
「「「「「ラーラララー……ルラーリラー……ルルルーラー……ラーリー」」」」」
「っ!? ぐっ! があ!!」
音符が唄い出すと彼は膝をついた。慌てて罪殺を遠くへ投げる。その瞬間に彼の体が変異していく。
背中から赤い翼が生えてくる。でも、それは翼と形容していいのかわからない。明らかにおかしいのだ。
翼のはずが羽毛はなく、骨格だけだ。その骨格も枝のような……いや、花の茎のような細さしかない。
「グッ……ガ……ア……」
『圭兎様っ!!』
今の圭兎には颯華の声が聞こえるはずがない。
彼は必死に目を抑えている。明らかに正常ではない。
『アッ……アアアアアアアアアアアア!!』
彼が獣のような咆哮を上げると、眼球が浮き上がってきて、ポロリと地面に落ちていった。地面に落ちると潰れた。それが両目同時だ。
今、彼は目があった部分を、手で抑えているため隠れているが、その手を外すと眼球がない空洞が現れるだろう。空洞と言っても、血管などは通っているだろうから、完全な空洞になるわけではない。
颯華は見てしまう。
圭兎の体がゾンビたちのように腐食していく様を。
「アハッ! アハハハハハ!!」
雨美が笑う。先ほどまで泣きそうな表情をしていた彼女が笑う。
圭兎を手駒のゾンビにしようとしている雨美に颯華は憤りを感じる。その憤りのおかげか、颯華はボヤけた姿ではなく完全に実体化した。
だから、雨美の瞳にも颯華が映る。颯華の瞳に圭兎を手駒にしようとしている雨美が映る。
「雨美ぃぃぃぃ!!」
彼女は怒りに任せて駆けるが、すぐに止まることになる。
圭兎の体全身にありとあらゆる武器が突き刺さる。
刃物。銃。刀剣。
全てが彼の体を貫いている。それが颯華の視界に入ったのだ。だから、つい立ち止まってしまう。それをやったのは雨美ではない。他の何者かだ。
圭兎を貫いた犯人を捜すために辺りを見回したが、そんなことはしなくてよかった。
今の颯華の前には複数の男女がいた。滅亡世界にいるはずがない、生きた人間だ。しかも、見る限りはそこにいる全員が十代後半から二十代後半くらいまでだ。
その中にいる藍色の髪をオールバックにしていて、鋭い目つきの赤色の瞳を持っているガタイのいい青年と、なぜかツンツンしている銀髪で、緑色の瞳を持っている、同じく目つきが鋭くてガタイのいい青年が、エリカと鏡子を肩に担いでいた。二人はどうやら気絶しているようだ。
「お嬢ちゃん。大丈夫かい?」
目を隠すほどの長い白髪を持っている青年が颯華に声をかけた。今の彼女は実体化しているため全員に見える。
「君も丘道学園の制服を着ているってことは生徒かな? よく無事でいてくれた」
「隊長!! どうします?」
藍色の髪の青年が白髪の青年にそう聞く。
「繁殖の悪魔とその下僕の音符どもを排除する! 絶対に死ぬなよ!」
『オウッ!!』
突然、現れた男女が白髪の青年の言葉に全員同時に同じ返事をする。
「それと音符になりかけていたその存在は置いておけ! どうせ動かない」
『了解っ!!』
また同じように返事をした。
「それじゃあ、殲滅だ!」
彼が宣言するとエリカや鏡子を担いでいる青年二人と隊長と呼ばれた青年以外全員が駆け出した。
音符の数は優に千を超えている。一方、人間たちは百人にも満たない。恐らくは九十人くらいだ。
「第三部隊!! 先陣を切るぞ!」
青年が指示を出すと、十人くらいの人数が動く。動いた中には多種多様の刀剣を持っている多種多様な人物がいる。
「第二、第四部隊は第三部隊を銃や弓による援護だ! 仲間を打つなよ!」
また別の青年が指示を出すと、今度は二十人が動いた。今度は多種多様な銃と弓を持っている。
「第一、第五部隊の突撃隊は繁殖の悪魔を! 殲滅隊は音符の悪魔たちを狩って! 援護隊は突撃隊の援護を!」
エメラルドグリーンの髪を短いポニーテールにしていて、群青色の瞳でツリ目気味の女性が指示を出すと、残りの六十人が動いた。基本、突撃隊は刀剣を。殲滅隊は弓を。援護隊は銃を持っている。だけど、突撃隊には槍を持っている者がいたりする。ホントに多種多様な武器を持っている。
「クフフ。クハハハハッ!! ワタシにたどり着かせると思わないこと!」
雨美は自分に近づいてくる人間たちを見ながら、何か茶色い液体が入っている瓶を豊満な胸の谷間から取り出すと、中身を地面に撒いた。
地面が大きく揺れた。だが、収まった。でも、土が盛り上がったかと思うと、モグラが三体ほど出てきた。
これらが全て一瞬にして起きた。
モグラはただのモグラなわけがない。
ビルほどの巨大な図体をしてして、鼻らしきところにドリルのようなツノが生えている。それだけではなく手足に凶悪な爪が生えている。背中には折りたたまれている大きな翼がある。
モグラというよりも地龍という名がピッタリとハマりそうな外見だ。そんなものが三体も出てきたのだ。
『グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
三体の地龍が合唱でもするかのように、同時に咆哮を上げた。