第十三話:雨美
目に差し込んできた眩しい光で圭兎は目を開ける。日が出始めたようだ。
「朝か……」
一度、伸びると頭も覚めた。だから、自分が貴族に囲まれて寝ていたことを思い出した。もちろん、今も貴族であるエリカと鏡子は彼にもたれかかっている。
一瞬だけ叩き起こそうと思ったがやめた。起こしたとしても、うるさいだけで何も役に立たないと思ったからだ。決して、優しさはない。彼はそう自分に言い聞かせている。
彼は二人を起こさないよう慎重に動き、数秒後解放された。
「ふぅぅ……。朝から疲れた」
『お疲れ様です』
「うおっ!? びっくりした……。颯華かよ」
『はい。みんな大好き颯華ちゃんですっ! テヘペロ』
颯華が可愛く舌を出した。彼女みたいな可愛いというよりも美しいというキャラがこういうことをしたら、ギャップ萌えというものが起きる。でも、それ以前に圭兎にとって、このキャラは大の苦手だ。
「うわぁ……」
『ごめんなさい! 嘘です! そんなに引かないでくださいよ』
「ちょっと颯華を見る目が変わるな」
『そんなこと言って、実はキュンキュンしているのですよね? このツンデレやさんめっ!』
彼女の言葉を聞いた瞬間に圭兎はササっと遠ざかる。
『私から逃げられると思わないでくださいよ』
そう言ったかと思うと目の前に現れた。
「恐怖だわっ!」
圭兎はまた距離を取る。今度は妖刀罪殺を地面に置いてだ。
『ヒドイです!! 私をこんなところに置き去りにしてっ! ですが、そんなあなたもス・テ・キです』
「ホントにそのキャラどうした!? とうとう頭でもイッたか?」
『あなたが夢の中で言ってたじゃないですか。男は誰しもこのようなキャラが好きと』
「そんな夢見てないけど。というか夢すら見てないけど」
『えっ? そんなはずはないですよ。私は夢を見ましたよ。あなたが出てくる夢を』
「それって……俺の夢とは限らなくないか?」
『そんなはずないですよ』
「どこからその自信が?」
確かに圭兎の言う通りなので、颯華は何も言い返せない。だけど、なぜか彼の夢だという自信がある。それほど緻密に詳しく彼という存在が出ていたからだ。
あそこまで細かければ、本人か彼のことをよく知っている人しかいない。
「萌え萌え……キャピッ!」
「『…………』」
予想外な人がそう言ったので、二人してついつい無言になってしまう。
「犯人……いたな」
『まさか……蘭駈さんなんて思いもしてませんでした』
「右に同じく。そろそろこいつの性格がわからなくなってきたぞ」
『もしかして、圭兎様と蘭駈さんは付き合っているのですか?』
「ない。あったとしたら、そんなふざけた幻想はぶち壊す」
『男女平等パンチ』
「なんで知ってんだよ?」
『なんとなくです』
「わけわかんねぇや。まぁ、蘭駈の夢に俺が出てくる可能性はあるだろうな」
『どうしてですか?』
「俺の戦闘の動きはこいつの親父さんから昔、教えてもらっていたからな。こいつとも恐らく知り合いなんだ」
『そうなのですか。もしかして、最近思い出したことですか?』
彼はコクリと頷く。ちなみに未だに二人は離れている。
「それで今更だけど、どうして丘道学園の制服を着ているんだ?」
『今のうちに慣れておこうと思いまして。どうですか? 似合ってます?』
「俺の中ではな」
『そうですか』
颯華は素っ気なく言ったつもりなのだろうが、ニヤニヤしているので明らかに喜んでいるのが丸わかりだ。
彼女が今風の服装をしているのを彼は初めて見た。だからか、異様に似合っているように見える。
薄桃色の制服だが、彼女の肌自体が異様に白いので薄桃色でも、色が映える。髪もかなり長い黒色で艶がある。鼻筋が通っている。それだけで人形のような容姿なので、似合わない方がおかしい。それに瞳は赤黒い色なので自然と脳に焼き付いてしまう。
何枚も着ていたから、そうは見えなかったが、今風の服を着ると胸が大きいこともわかる。
「っ!?」
急に彼が息を飲んだかと思うと、離れていたのに颯華からすれば、一瞬の出来事で手を伸ばせば届く距離に圭兎はいた。そして、そのまま近づき颯華を押し倒した。その頭上すれすれを鋭い何かが通ったことが、風切り音でわかる。
「くっ! こんな時にっ!」
そう言ったかと思うと彼の左手に呪いの文字が現れていた。
ーー寝る前に引き抜いたハサミで、できた傷が今、修復し始めるのかよ。このままではマズい。
「颯華! 早く俺の左手を噛め!」
『は、はい!』
すぐにどういうことか理解した彼女は彼の左手に噛み付く。その瞬間になぜか颯華の方が快感を覚え、腰が砕けてしまう。そんな彼女の手を掴んだ瞬間に圭兎の手には罪殺が現れて、颯華が消えた。つまり、颯華が妖刀罪殺状態になったのだ。
罪殺を一振りすると、力がいつもより強く感じた。代わりに颯華の『はぁん!!』という嬌声が聞こえる。その時点で集中が切れるが、すぐに集中し直す。
すぐに思いっきり踏み込み、ジャンプした。罪殺の力で常人を優に超える力を出せるようになるので、それだけで穴から抜け出した。
地上から穴までの高さは十メートルくらいはある。この穴に落ちた時に颯華が無意識だけど、咄嗟に自分自身ですらわからないほどの結界を張り、落ちた衝撃を消したのだ。
圭兎が外に出るとゾンビの大群がいた。ちなみに外は四方八方、原型を留めているか否かは問わない、廃墟に囲まれている。でも、かなりの距離はある。
何もない半径五キロくらいの丸い石とコンクリートの地面の荒野が広がっている。
「朝から大変なこった」
そう言いながら、近くにいたゾンビを刺し殺した。すぐに反対側のゾンビを刺し殺す。
十数分でゾンビは排除し終えた。そうゾンビはだ。この世界にはゾンビだけではなくモンスターもいる。そのモンスターの中でも有名な大きな翼が生えたトカゲ──ドラゴンがでかい図体で道を塞いでいた。
以前にこの世界に閉じ込められた時に、戦ったことがあるので弱点などお見通しだ。
だから、十数分で倒し終えた。今のドラゴンは全身傷だらけだ。妖刀罪殺はドラゴンの皮膚すら傷つかれるほど硬い。
「よし、終わった……っ!?」
気を抜いた瞬間にとてつもない重圧を感じて、膝をついてしまう。すると、背後からパチン! と指を鳴らす音が聞こえた。その瞬間に地震が起きた。いや違う。これは地震などではない。その証拠にドラゴンがいた場所だけが大きなクレーターができていた。もちろん、ドラゴンの影なんてどこにもない。
「さぁ、来なさい」
「「「「「キャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!」」」」」
声が背後から聞こえたかと思うと、周りから笑い声の合唱が聞こえる。しかも、その声は全て甲高い。まるで悪魔の笑い声のようだ。鼓膜が破れるかと思うほどの大音量なので、耳鳴りがし始める。
マズイと感じたのか、颯華が結界を張ってくれたので、声が遮断された。
「なんなんだよ……! こいつらは!?」
辺りを見回すとわけのわからない生物がいた。いや、本当に生物か怪しい。
全てが音符の顔をしていて、生まれたての赤ん坊みたいな体を持っていたからだ。口がどこにあるかもわからないのに笑っている。
「アナタもワタシの人形にしてあげる」
「っ!?」
突然、耳元で懐かしい声が聞こえたかと思うと唇を唇で塞がれた。彼は慌てて相手を押しのけて、距離を取り、相手の顔を見る。
「…………!」
声も出なかった。相手は圭兎が探し求めていた一人だからだ。
「あま……み……?」
かすれた声で相手の名を呼ぶ。
相手は金色の長い髪でロングツインテールを作っている。水色の瞳で優しいタレ目だ。肌は白くて、なぜか輝いているように見える。でも、おかしくない。彼女は神なのだから。
とうとうメインヒロイン登場!