第十二話:石碑
「蘭駈。颯華はどうだ?」
「まだ苦しそうです…………って! 目覚めたのですかっ!」
鏡子は慌てて、彼の方を振り返ると先ほどまで着ていた学ランを着ていないことに気づき、首を傾げる。
「学ランはどうしたのですか?」
「痴女がいたから、そいつに着せた」
「痴女!? それは一体誰のことですか! もしかして……」
「恐らくお前が頭に思い浮かべているやつだ」
「ヤッホー。痴女だよー」
ーー絶対にこいつ意味わかって言ってないだろ。まぁ、蘭駈は恐らく知っているだろうな。日本系統の貴族だと、そういうの厳しく教えるだろうな。外国はあんまりそういうのは気にしなさそうだ。それに痴女なんて単語は学校で習う勉強にはあんまり出てこない。まあ、貴族に変わらないし、ただのクズだけど。
「エリカさん。痴女という言葉の意味は知っていますか?」
圭兎と同じように思ったのか、鏡子はエリカにそんなことを言った。エリカは首を横に振るのみだ。そんな彼女の反応を見て呆れたのか、鏡子ですら頭を押さえて、ため息をついていた。
「いいですか? 痴女というのはですね──」
鏡子がエリカに痴女とは何かと解説を始めたので、理由を知った彼女が、どんな反応をするか興味ない彼は颯華に近づいた。
「大丈夫か?」
『圭兎様…………』
聞こえてきた声で振り向いた彼女の表情からは覇気を感じられない。まるで何かショックな出来事があったかのように、今にも泣き出しそうだ。
貴族以外にはそこまで鬼ではない圭兎はそんな彼女を抱き寄せる。
「その……何があったかは知らないけど、これくらいはさせてくれ。お前は仲間なんだからな」
優しい声で伝えて、背中をポンポンと優しく叩く。突然、優しくされたせいで涙が溢れてきたようだ。しかし、声を出すということはしない。声を殺して、静かに泣いている。彼女が泣いている間、背中をさすり続けた。
彼女は声を出さないが、彼が着ているワイシャツを掴む力で、どれくらいのことがあったのか、なんとなくわかる。だけど、何も聞かない。今は聞いてもちゃんとした返答を期待できない。
五分くらい経つと颯華は泣き止み、彼から離れた。目を赤く腫れさせながらも『ありがとうございます』と感謝を述べた。それと同時に痴女についての解説を終えた二人が、やってきた。
鏡子の方は平然としているが、エリカの方はゆでダコのように顔を真っ赤に染めている。恐らく自分がなんてことを口走ったか教え込まれたのだろう。
「なぁ、颯華。言いたくなければ言わなくていいが、何があった?」
『それは……』
明らかに口ごもった。それほどのことなのだろう。でも、すぐに意を決して圭兎の顔を見る。
『今から私はこの石碑に触れます。ですから、圭兎様は石碑に触れている手に手を重ねてください。そこまですると、恐らくは文字が読めますので、音読してください』
「あぁ。わかった」
彼の返事に頷いてから、手を石碑に触れさせた。だから圭兎は指示とは少し違うが、彼女の手の甲を掴んだ。
ーーこの文字を読めばいいんだよな? てかっ、これって最初の一文を読んだだけでわかったけど、滅亡世界について書かれているな。
「【この石碑を読んでいる時は、我々は死んでいて世界が滅亡しているだろう。まずは一つ忠告しておく。軽総都は危険だ。アレは完全なるマッドサイエンティスト……いや、人ならざるものだ。アレに捕まったら、解剖をされるのを覚悟しておけ。
この世界が滅亡するのは全てアレのせいだ。アレが、日本で危険すぎて封印されている妖刀罪殺を解放した。
過去の大事件は全て罪殺が関わっている。源平合戦しかり、本能寺の変しかり。最近でいうと、富士山の大噴火や世界大戦も罪殺が発端と言われている。
しかし、罪殺には意思がある。そして、これを読んでいる者は罪殺に認められた者だと思いたい。だからこそ、ここから決して……】
あぁ、クソ! ここから先が一切読めん」
『「「…………」」』
彼のセリフを聞いても、三人は無言だ。颯華は、また泣きそうになっている。
「いや、待てよ。一箇所だけ読める部分がある。えっ……と、記入年月…………」
「ん? どうしたの?」
さすがに気になるところで、止められたのでエリカは彼に聞いた。珍しく貴族の疑問に素直に答える。
「記入年月が2014年9月22日になっている」
「元の世界だと2035年9月22日だから、二十一年前っ!?」
「さらに掘り下げると、この世界での一日が元の世界での一時間だから、約944年は経っている」
「それなのに軽総都は生きているのですね」
「だから、あいつはこの石碑で書かれている通り正真正銘の化け物だ」
『私のせいでこの世界は』
「お前は悪くない。悪いのはあいつだけだ。お前はただ利用されただけ。それでも後ろめたく感じるのであれば、その姿でいいから、このまま力を貸してくれ」
『力を貸すのは本望です。ですから、意味がないのです』
「なら、元の世界でも俺のそばにいてくれ」
『「「っ!?」」』
彼の言葉を聞いて、全員が息を飲む。おかげで自分が犯した失態がわかった。
「別に変な意味じゃないぞ!? お前がいないと俺は生きていけないんだ。……って、これも違う。そう、アレだ! アレ! 俺には呪いがあるから緩和するためにお前が必要なんだ!」
『完全に治療ができたら私は用済みなのですね』
あからさまにションボリされたが、対応策が見つからない。また他のことを言うと沼にはまっていくだけだ。そのため毛糸は珍しくあたふたしてしまう。
「ははは」「あはは」『うふふ』
突然、三人が笑い出したので、目が点になる。
『冗談ですよ』
石碑から手を離した。そんな颯華の儚いが美しい微笑みは、さすがの圭兎でも、ドキリとしてしまう。
『圭兎様。一つ伝えておきます』
突然、かしこまられたので対応に困る。
『妖刀罪殺の具現化を解けば、私は肉体を手に入れます。ですから、共に学校へ通わせていただきます』
「「「えっ?」」」
今度は颯華の代わりに圭兎を含めた三人の目が点になる。
「学校に通っているってこと言ったか? それにそう簡単に転入できると思うなよ」
『服装を見れば学校という施設に通っていることくらいわかりますよ。それと簡単に編入はできますよ。私は妖刀ですから』
「何かヤバいことをするつもりだろう。でもな、俺が先に学園長を説得してみるから、手は出すなよ」
『わかりました。まずはこの世界からの脱出方法を探さないとですね』
「そうだな。できれば、軽総都に囚われているみんなを救ってからだ」
彼の言葉を聞くと全員が真剣な表情をした。ようやく四人の目的が決まった。
「軽総都の研究所を発見すれば、そこに乗り込んでみんなを救う。まず今は寝ないとな」
この洞穴は安全なので、全員で眠ることにしたが、念のため固まって寝る。
圭兎にすれば拷問でしかないが三人が彼に、もたれかかって目を閉じた。正直言うとこれが一番安全だ。圭兎が退けば全員が起きる。そして、この中で一番感覚が鋭いのが圭兎だ。
だから、耐えるために目を閉じた。疲れがたまっていたのか、すぐに眠気に襲われて、一瞬にして眠りに落ちた。そんな彼は石碑を背もたれにしていた。