第九話:妖刀の呪い
中々起き上がらない圭兎に三人は近寄る。
「大丈夫?」
「大丈夫ですか?」
『無事ですか?』
三者三様の言い方で、彼に大丈夫かと聞く。しかし、彼は起き上がってこない。
颯華が慌てて、彼の首筋に指を当てて、脈を測る。瞬時に険しい顔に変える。颯華が見える二人は、どうしたのかと同時に聞く。
『脈がおかしすぎます』
「どういうこと?」
『基本は脈が弱いのですが、たまに脈がとても強くなります』
「それは確かにおかしすぎる! 普通だと脈は一定のリズムを刻んでいるはず! 一体何が?」
『そんなの私にもわかりません!』
圭兎に次ぐ学年成績二位のエリカだ。一応は知識がある。そして、妖刀罪殺自体となっている颯華だ。知識も多いし、できることも多い。でも、そんな二人だとしても、今回の彼の状態はわからない。
二人が思い悩んでいる時に鏡子が「あの」と声をかける。その声に二人揃って真剣な表情だが、彼女の方へ振り向く。そんな彼女は彼のなくなっている左手の傷口を見ている。二人もそこに視線を向けた。
「っ!?」
エリカは息を飲んだ。颯華は顔を逸らしている。決して、グロテスクなことになっているわけではない。
彼の傷口から少し黒いものが、見える程度だ。
三人が黒いものを認識した瞬間に彼の左腕全体が、黒く染まる。いや、違う。黒くて、わけのわからない字が無数に現れたからそう見えただけだ。
鏡子が圭兎の表情を見る。彼の表情がとても辛そうで、彼女自身も辛くなってしまう。そんな彼を見たからか、顔を逸らしている颯華を睨みつける。なんとなくだが、エリカも同じようにする。
「あなたは知っているのでしょう? これはどういう状況なのですか?」
低くて暗い声で颯華に鏡子が問う。しかし、顔を逸らしたままだ。その颯華の対応を見て、エリカと鏡子の二人は颯華が何かを知っていることを確信した。
「早く答えてください!」
我慢できなかった鏡子は、とうとう叫ぶように言った。その声に颯華が振り向こうとした瞬間に「うるせぇな」という圭兎の声が聞こえた。
「少しは寝させろよな。今日はお前らのせいでタダでさえ睡眠不足なんだから」
「…………」
「な、なんだよその表情は。三人して、そんなに俺に死んで欲しかったのか?」
三人は揃って目を見開いているので、思わずそんなことを言ってしまうが、これが彼の本心と言えば本心だ。隠す必要はない。
「ちなみにお前らの会話、全部聞こえていたからな」
「えっ? ということは」
「そう。俺の腕が黒くなっていることくらいわかっている。どうしてそうなって、これはなんなのか。その対処法もな」
「なら、教えて」
「あぁ、二度と言わないけどな。俺の弱点を教えるのとほぼ同一だからな」
コクリと二人が頷いたのを見て、話し始める。
「これは呪いだ。この呪いがある限り、俺の超回復は起きない。だって、俺が使っているのは妖刀だ。呪いくらいある。そして、その対処法だが……」
「どうしたの?」
「今から言うことは嘘じゃないからな? 変な誤解するなよ」
「うん、わかった」
「その呪いの対処法というか、応急処置の仕方は簡単だ。颯華にその呪いを肩代わりしてもらう。彼女自体が妖刀罪殺なので、免疫はある。その肩代わりの仕方だが……呪いが発動した場所を噛んでもらう。
ちなみにこの呪いはこの世界の時間の一日で復活する。つまり、元の世界の時間で言うと一時間で呪いが再発するということだ。厄介だよな」
「「『…………』」」
圭兎の言葉に対して、三人のうち誰も返せない。そのことをわかっていて、彼は話したようなので、納得した表情を浮かべている。
彼が言ったことは全て真実だ。嘘偽りは一切ない。
なぜ、そこまで知っているかというと、軽く意識を失っている時に妖刀罪殺の存在のことが、脳内に流れ込んできたからだ。
「まぁ、俺の言葉なんて信頼できるはずないから、実験しようか」
彼がそう言ったかと思うと颯華の方になくなっている左腕を差し出す。
圭兎が一人で話を進めているので、三人は置いてけぼりだ。でも、それも仕方ないことだ。彼はマゾではない。だから、痛みは好きではない。そんな彼が表情一つ変えずに体の内側からの、えぐられるような痛みに耐えている。
しかし、内心ではあまりの痛みに腕を切り落としたい衝動に駆られている。そんなことをすると不便だとわかっているので、必死に耐えている。
彼自身も呪いが本当に颯華に移るか自信はないが、願うしかない。
「早くしろ」
『は、はい!』
圭兎の静かだが、怒気を含んだ声に慌てて、颯華は反応する。しかし、すぐに噛みつくということはできない。
妙に緊張しているので、仕方のないことだ。だからと言って、実行に移さないほど彼女はバカではない。確実にゆっくりゆっくりと近づいている。
あと一センチほどのところで、彼女は長い髪が邪魔だったのか、耳にかける。妙に艶かしく感じる。そんな仕草を間近でされて、圭兎はドキリとしてしまう。
彼女は耳にかけた横髪を押さえながら、圭兎の左腕に噛み付いた。動物がよくするような甘噛みだ。噛み付いた瞬間に颯華は頬を朱に染めて、トロンとした瞳で圭兎の目を見る。
今は呪いを移している最中なので、逃げることはできない。だから、彼はそんな目を見ておくことしかできない。しかし、痛みが和らいでいくので、どうやらホントに呪いを肩代わりしてもらうことができるようだ。
それから数分後にようやく痛みがなくなり、彼の腕にある何かわからない字もなくなった。
「ありがとう。もう大丈夫だ」
お礼を言って、やめるように遠回しから言うが『まだです』と言われた。
『まだ、噛み足りません』
「犬かよ!」
颯華の発言に瞬時にツッコミを入れて、腕を思いっきり引いた。犬ほどの咬合力はないので、容易く離してもらうことはできた。なんとなく彼女の頭に軽くポンと右手を乗せると『ふにゃあ』と言い、その場にへたり込んだ。
彼女の反応に苦笑を浮かべていると、切断した腕が全快した。
突然のことだったので、少し驚いたが、すぐに肩を回したり、手首を回したりして、異常がないか確かめる。
結果は異常がなかった。颯華がマトモに動けるようになるまで、待つことにした。しかし、この世界はそんなに甘くなかった。
突然、どこからかチッチッチッと爆弾のタイマーが進むような音が聞こえてきた。
「三人とも逃げるぞ!」
音を聞くと圭兎が三人に声をかけた瞬間に爆発が起きた。
彼らがいた建物が崩れた。外に逃げ出すことができなかった。