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アイスを買おう

作者: 多分駄文

その日、少女ルミはウキウキであった。


どのくらいウキウキかというと、すれ違う歩行者や道端の名も知らぬ雑草にニッコリ微笑んでしまうくらいにご機嫌であった。

完全に危ない人である。


もしも、ルミが少女ではなく脂ぎった髪で無精髭の生えたジャージ姿の中年男性だったら、お巡りさんが「ご機嫌いかが?」と話し掛けていたことだろう。

それくらいルミは浮かれていた。



何か良いことでもあったのだろうか、とあなたは思うだろう。


だがしかし、特段これといってルミに朗報果報があったわけではない。


気分が良いことに理由は必要ないのだ。


たまたまその日のルミがルンルンだっただけである。


念のために述べておくが、少女はクスリをキメているわけではない。



「そうだ、アイスを買おう」



何の脈絡もなく、ルミはそう思い立った。


嬉しかったり楽しかったりすると、何かを食べたくなるものである。


季節はとっくに冬だが、炬燵の中で食べるアイスも乙なものだ、とルミは思う。


ただし、ルミの家に炬燵はない。


しかし、ルミは小局にとらわれず、大局を眺めることが出来る少女だ。

炬燵の不在という些事は気にしないのである。流石。



ルミはスキップしながら、コンビニエンスストアに入店した。



「らっしゃーせー」





怖そうな金髪の兄ちゃんがレジ打ちをしていた。


彼には目もくれず、ルミはアイスコーナーに直行する。


もはやアイス以外は眼中になかった。


狙いを絞って放さない。ルミは一流の狩人の目をしていた。



しかし、狩人も迷うことはある。



「むむむ」



思わず眉を寄せ、顎に手を当てがって考え込むルミ。


ルミは三つのアイスを前にどの獲物を捕らえるか、という難題に直面していた。


『禿げぬダッツ』か、『ガッカリ君』か、『シロアナグマ』か。


『禿げぬダッツ』は他のアイスと一線を画する高級アイスだ。値段はそこそこ高いが、ユニークな期間限定のフレーバーと確かな満足感が魅力だ。


『ガッカリ君』は言わずとも知れた老若男女問わず愛され続ける定番のアイスだ。チープな食感と風味が癖になる。たまに変化球めいた味をリリースするので楽しみにしていたりする。


『シロアナグマ』は某県民のソウルフードと言われているかき氷だ。本場の『シロアナグマ』の量は相当の覚悟が必要だがコンビニサイズは手頃で嬉しい。冬にかき氷という組み合わせも背徳感を感じてゾクゾクする。


どのアイスも長所短所があり甲乙付けがたい。

しかし、このアイスを選定する時間もまた楽しいのだ。

アイス道の奥は深い。



「ん……」



アイス道のアマチュアであるルミは長い間を悩みに悩んだ。


宇宙開闢から地球創始、生命誕生、そして人類の歴史がルミの脳裏をよぎった。


そして静かに、だが深く、確かにルミは頷く。

ルミは購入するアイスを手に取った。







「二百七十八円になりーっす」



選ばれたのは『禿げぬダッツ』だった。

決め手はコンビニ側の十パーセント割引キャンペーン。同じアイスでも『禿げぬダッツ』と『ガッカリ君』では値引きされる金額が違う。看板に気付かなければもう一つ宇宙を産み出していただろう。

当然と言えば当然の帰結であった。


店員の兄ちゃんが気だるげな手付きでアイスとスプーンをレジ袋に入れていく。



「あっ……」



ここで、ルミは重大なことに気付いた。


店員の手元だ。



店員の選んだスプーンが"『禿げぬダッツ』仕様のスプーン"ではなく、"木製の汎用スプーン"だったのだ。



「あ、ありえない……」


ルミは店員の無神経さが信じられなかった。


『禿げぬダッツ』はアイスだけでなく、専用スプーンを含めて初めて『禿げぬダッツ』として完成する。


木製のスプーンでは僅かではあるが無視できない程度に味が変わるのだ。

こういった経験はないだろうか。

箸を買い換えた後、自宅の作り慣れた料理の味が違うように感じる。


まさにこの現象と同じである。


専用スプーンのない『禿げぬダッツ』など『禿げぬダッツ』ではない。


それがルミの持論であった。



ルミは意を決して店員の兄ちゃんに話しかける。



「あの、スプーンが……」


「あ゛?」


「……な、なんでもなぃです」




怖そうな兄ちゃんの不機嫌そうな声で萎縮したルミの信念は折れた。


ルミは逃げるようにコンビニを後にした。


後ろにレジ待ちの列が出来ていたので、その前で店員に粘着するのが恥ずかしかったというのもある。


たかがスプーン、されどスプーン。 入店前はウキウキルンルンと、とても幸せそうだったルミの表情が今ではすっかり萎んでしまっていた。



袋から木製のスプーンを取り出してじっと見つめるルミ。


スプーン一つ違うだけで気分が上下するなんて幼稚でおかしいのかもしれない。

だとしても……。



口を『へ』の字に曲げて鼻を啜る。そして、軽く息を吐く。



カラスのフンに当たったのと同じだ、となんとか気持ちを切り替えようとして失敗したルミは、再び溜め息を吐いてトボトボと肩を落としながら家路についた。



レジ袋を持つ手がかじかんだ。



貴重な時間を使わせてごめんなさい

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