第1章 引き金は勘違い
平等轆轤と、平等濾過。これまでが違い、これからが同じになるはずだった。しかし、異なる存在が、これまでと同じように……
※人死に注意
第1章 引き金は勘違い
「『ゲームオーバーザワールド』……って言ったっけな。お前と初めて、ここで出会ったのは」
喫茶店の外カフェテラスと呼ばれるところに、平等轆轤と濾過はいた。寒さが少しずつ和らぎ始め、もうすぐ春になるだろうという頃だ。空は曇っている。
「ぐぉ……当時の痛々しいネーミングをした私を恨みたい……ここ、っていうか魔界でだけどね。思えば二年も前になるのかぁ。懐かしいね」
「ははっ、スピシ……スリーピングコンシャスネスか。夢の中のことについて後悔しても仕方ないさ」
真っ赤になって顔を覆い隠す濾過。魔法にはそれなりに恥ずかしい――中二的な――ネーミングが使われるが、使い過ぎはよくない。というか恥ずかしい。余計なところにネーミングをするのは恥ずかしいのだ。
『ゲームオーバーザワールド』というのは、濾過――『CPS』時代に、魔法、『SPC』――スリーピングコンシャスネス――で人々を送り込んだ魔界の、その一部分を名付けたものだ。いわば『CPS』の作った世界のことだ。まあ、しかしそこを中二的なネーミングにする必要はなかったと、せめてもう少しマシなものにするべきだったと、そういうことだ。
「あの無人工場はやっぱりどうかと思うけどな。ずっと見ていると、確かに狂いそうだが……やるなら拘束とかやっておけよな。今更言ったってしょうがないが。あれは普通狂わない」
「あははー……あのころ、私壊れてたからなー……。……それを救けてくれた轆轤くんには、本当に感謝しているよ。」
「どうもな。……そういえば最近鞠を見ないが、どうしてるんだ?」
「鞠ちゃん? あー。『魔法行』の方がいろいろと忙しいんだって。何でも何か事件が起きたとか起きてないとか。ま、心配ないって。どうせ……実戦に駆り出されはしないだろうし」
「どうだろうな。その可能性が高いことは否定しないが。……特有の魔法を、『魔法行』が手放すわけがない。物質製造となれば尚更だな」
鞠――本名、マリア・ラーヴァーは、科学にも使えない特有の魔法を使う。
第一に、魔法石。鞠本人の意思でその形、状態を変化させる。弱点もあるが、鞠の意思にしか働かないらしく、材質や製作者さえ不明である。もっとも、鞠はその製作者を探すヒントを少し前に手に入れた。
二つ目に、物質製造。鞠の魔法石に接している部分であれば、そこでは鞠の望んだものを何でも、自由に生み出すことができる。流石に、作り方の分からないものは作れないし、巨大なものには時間がかかる。ちなみに集中できなければ製造は不可能だ。
そして三つ目、時空移動――鞠のイヤリングの、左耳にかかっている。時計のようなデザインの、真っ赤な石。その力を使うことで、時空移動をする。予備動作の必要なし。ただ思うだけで使用できる……ただし、リスクとは常に隣り合わせだ。一度『魔界』に行かなければならなく、そこで幾つかの作業が必要だからだ。その作業をしている間は、自ら『ゲームオーバーザワールド』を作らなければならない。一瞬でもその魔法を切らしてはならない。だから鞠も、経験者と一緒にしか、その魔法を使ったことはない。
その力が有効的に使われるには、まだ『魔法行』の研究が追いついていない。鞠はかつて軍人だったが、今や元気なモルモットである。……響きが悪いが、その言い方を鞠は気に入っている。
「ま、あいつはストレスを感じても、アリスのところに行けば良いしな。一人で時空移動ができるようになれば、本当に気軽だろうぜ」
――不思議の国から帰ってから、それまでよりも笑顔が軽くなった気がする――。
「独り立ち……って言ったら変だね。私の力を借りないで、時空移動かぁ……ちょっとさみしいかも」
「ははっ、どうせそんなもんだ。人との思い出は出会いと別れ。ってか、別れでもねぇじゃねぇか」
「そうだね。どうせ、いつまでもゆるーく、轆轤くんのお世話になるわけだしね」
……濾過も薄々気づいている。
鞠が轆轤のことを、実は好いているということに。
濾過も自覚している。もう、どうしようもないくらい、自分は轆轤くんに依存している、と。
もし。
例えば、もし。
轆轤くんが――
……ううん。考えるのはよそう。泣いてしまう。こんなところで。
「……なあ、濾過」
「何?」
それとなく、答える。
「お前、『魔法行』には……帰らないのか?」
「…………」
泣きは、しない。しかし、心は揺さぶられた。
「何で、そんなこと聞くの?」
逆に、聞き返してみた。
「いつまでも俺がいるってわけじゃねえ。出会いと別れ――例えば、
俺が死んだら
お前は――どうするんだ?」
それは。
私が――あえて考えなかったこと。
だから、泣いてしまう。涙が溢れる。嗚咽が漏れる。
「ひっ、……く……えっ、く。そんなこと……言わないでよ。死ぬ、なんて……」
ポケットからハンカチを取り出す。涙が、止まらない。想像したくない。轆轤くんが――
気づけば、轆轤くんの手が私の頭を撫でていた。
「……ははっ、ごめんな。ただの、単純な疑問さ」
「……仮に、轆轤くんがいなくなっても。私は――多分、『魔法行』には帰らない。ううん。多分じゃない。絶対に、帰らない」
轆轤くんの手は不思議だ。感情が落ち着く。涙だって……すぐに引いてしまう。
「……絶対、か。意外だな」
「あはは。そうなったら、私が平等家を継ぐよ。……っ!」
軽く言ったが、自分の言ったことをよく考えると、その……凄く恥ずかしい。だって、継ぐ、ってことは。……平等濾過の、苗字部分が……ただの真似じゃなくて、その……。
「そのときゃ、そうしてもらおうかね。かははっ、顔上げろよ。耳まで真っ赤だぞ」
うぉー……やっぱり精神攻撃弱いよー。口もと緩みっぱなしだよー。嬉しいよー。
「……私、さ」
まだ顔は上げてない。
「家族、いないんだよね」
「……そうなのか」
「鞠ちゃんとは違うけどね。両親、どっちも……兄弟とかもいない。親戚は……まあいるけど、私を引き取ってもくれなかったくらいだよ。いないも一緒……どうせ帰っても、本当に帰る場所はないんだよ」
顔を上げる。
「私、甘い覚悟で『魔法行』、脱走してないから。これは、私が決めたこと。私は、もう――戻らない」
「……そうかい」
そう言って、轆轤はコーヒーを一口飲む。
――轆轤は実は気づいている。濾過が、本当の脱走の理由を、どうにかして言わないでおこうとしていることを。言いたくないということを。
だから、ここで話題を切った。
濾過はその気遣いに、気づいてはいない。
「いいんじゃねぇの? 普通に、現実世界に住民票入れて、ついでに籍も入れちまえ。ははっ。それがお前の選択になるんなら、俺はそれを尊重しようと思う」
「……ありがと、轆轤くん。……って!」
籍を? 籍を!?
「せ、せせせ、せ……き……っ!?」
あたふた。どうすればいいのか濾過は分からなくなる。轆轤はそれを見て、はははっ、と笑う。
遊ばれてる……。
「もう! 冗談なら冗談って、ちゃんと言ってよ!」
「おや? 俺がいつ冗談って言ったよ」
「……どういうことよ」
どき、どき。いつもより鼓動が大きい気がする。
「別にいいぜ。籍、入れても。ははっ、隠さなくたっていいぜ? 平等家のことなんてどうにでもなる。どうにでもな?」
「えっと、それは……」
「お前くらいだぜ。本当に面白い魔法使いってのは。魔法使いってのはどいつも冷静過ぎだ。大事なのは切り替えなのにな。鞠がようやく普通ってくらいだ。感情は、豊かすぎるくらいがちょうどいい」
……誤解じゃ、ないよね?
勘違いじゃ、ないよね?
「おいおい、涙、涙。本当に泣き虫だな」
「……もう。女の子の心で遊ばないでよ。うっく」
「ははっ、ま、決めるのはいつでもいいさ。どうせ、時間はいくらでもあるんだからな」
と、言って、轆轤は立つ。
冷たい風が、轆轤の髪を揺らす。今日は、少し薄暗い。
「帰ろうぜ。本屋寄るか?」
「……いや、帰る」
「そうかい。じゃ、金払ってくらぁ」
轆轤は、濾過に対して背を向ける。
濾過は俯く。
……私は、心が弱い。
轆轤くんはそれでいいって言ってるけど、それでいいものか?
私は、どうあるべきで――
ドサッ。
俯いた顔は、上がっていた。現実離れした音だったからだ。
轆轤は――歩いて、いない。
立ってもいない。
座ってもいない。
倒れて――いる。
「……ろ、く……?」
胸だ。
赤いそれが、胸を中心に――
ああ、そうか。
理解した。
そうか――
轆轤くんは、撃たれたのか。
……驚いて、何もできなかった。反応すらできなかった。
というより。
目の前で人が撃たれて、どんな反応をすればいいってんだ?
「……あ、ろ……く……?」
撃たれている。轆轤くんが撃たれていることは理解できていた。もう死んでいて、生きていないだろうことも理解できていた。
――で?
私は一体、こんな状況で何をすればいいの?
ざっ、ざっ、と足音がこっちに向かってくるのが聞こえる。意思をもってこっちに向かってきている。今何をすればいいのか? とにかく、その近づいてきた者が誰なのかを、この目で確認、しなければ、しなければ……。
「……目標は達した、か。『CPS』も、所詮は人間か。気は緩む……隙だらけ。まさに、ね」
濾過に近づいてきた男はそう言った。いいや、違う。この死体を、轆轤くんを見にきたんだ。自分のやったことを確認するために。その長くて――かっこいい――スナイパーライフルの成果を確認するために違いない。
『CPS』も、所詮はその程度……? 『S1』を轆轤くんに張っておけば? 死ぬことはなかったか? ああそのはずだ。銃弾なんて通しはしない。そう、所詮は、人間――
「だ、と……?」
目を見開き、視線で頭蓋骨を穿ち、眼力で脳を抉るようにその男を見つめて、そう声が漏れた。
こいつが。こいつが、こいつが。
「しかし、こう派手に血が飛び散るものかね……まあ、性質上仕方ないんだろうけどさ」
血が、ああ! そうだ、轆轤くん! 助けなきゃ、助けなきゃ……! ああもう! どうして頭が回らなかったんだ!
……まあでも、放っておいても……。
「……っ!」
違う! ここは違う! 治さないと! 治さないと死んでしまう!
轆轤くんが――死ぬ。
死ぬ?
あの轆轤くんが?
あ……の……ああ、ああああああああ!!
「轆轤くん!」
蘇生魔法。医療系の魔法の最終形態。学校の勉強の過程で習ったものを応用。さらに専門知識と組み合わせて作り出した。むこうではさまざまな用途に合わせて名付けられていたが、私のそれはオリジナルだ。だから蘇生魔法と便宜上呼んでいる。
あのときの、あのことがあって、急速に作り上げた蘇生魔法。
今、使わなければ――!
「……無駄だよ」
「…………」
違和感、はあった。
即時発動は私のモットー。だから蘇生しなきゃと思ったその瞬間には魔法は発動している。この短い、数秒にも満たない時間でも、魔法の効果は現れるはずなのだ。顕著に。
にもかかわらず、何も発動しない。
私はその事実を、認めない。
認めたくない。認めてはいけない!
助かれ、助かれ、生き返れ、生き返れ。
「なんで……なんで! なんでよ! 生き返ってよ! 轆轤くん! あああ……うう! あああ!」
……口に出しながら、心のどこかで冷静な私が言う。
死んだ人間は、二度と生き返らない。
「うううう……!」
違う! 魔法はそれを破るために存在する! だから、だから、生き返って。生き返って……
「…………」
生き返らない。
なんの反応もない。
魔法は、現れない。
私はただ、俯く。
ああ、死んだ。
助けられない。
助からない。
蘇生が、
……。
灰色の雲から、雨がぽつぽつと、降り始めた。
「あ、あ……っ。ああ、っ。うう……うう! あああああああああ!」
泣いた、泣き叫んだ。
周りの人がどうしているかなんて見えない。ただ、目の前のことが、悲し過ぎて。
轆轤くんを、助けられなかった。
その――
無力さ。
「うわああああああああああああああああああ、ああっ! ああああああああああっ……!」
声が、喉が枯れる。全身の筋肉が硬直と弛緩を繰り返す。
「もはやどんな蘇生も不可能だ。……魔法だってね」
泣きながら、濾過はその言葉が気になった。嗚咽は収まらなかったが、叫びは抑えられた。
「『CPS』は『ゲート』って言ってたかな……『魔法子』ってものでね、まあ魔法の源みたいなものだけど。そいつは『吸収』をする。いかなる魔法も通じない。いかなる魔法も――『吸収』する」
彼は雨で濡れた髪をかき上げる。何か言っている。
「そこにあった魔法が、一瞬にして無くなってしまう。それを人の死として形容した。そんなシステム。それが、『魔法殺し』」
誰が先に言ったのか。
濾過はあの中の人が言った言葉を知っていた。
いつから使われた言葉なのか。
そういう、システム……?
「『ELSE』……」
濾過は呟く。
「……ああ、大文字の方か。でもあいにく俺は違う。小文字の方の『else』だ。……いや、もはやそれでもないのか」
『else』。小文字だって? ……まあ、そんなことはどうでもいい……。
『魔法殺し』は魔法ではない。システムだ。だからこそ、それは魔法使いではない者が使う。『~ではない』。その四文字には、意味がある。
運命的な意味が。
「とにかく、これで俺がやることは終わりだ……じゃあな、『魔法行』」
彼は――『else』は、濾過に銃口を向ける。
……そりゃそうだろうなぁ。
私を殺さないと、『魔法行』は安心できないもんな。
もう不意を打つ必要もないのか。
……そういうことだ。
もはや私は、泣いていない。涙の跡や、泣き腫らし赤くなった目をしていて、口もだらしなく中途半端に開いている。泣いてはないが、抗う気もない。
だって、轆轤くんは――
私のせいで死んだのだから。
私が死ななきゃ、意味がない。
「…………」
「……はぁ、まったく、本当に――ドンマイだな」
彼は言った。
その言葉に、とても深い意味があることを知らずに。
「こんな可愛らしい彼女を持てて、良かったな――『CPS』、いい男だったぜ」
そう言った。
……は?
今こいつ――何て?
『CPS』が――彼女持ち?
ましてや男だって?
は、
「ふっ、く。はははははははははははははははははははははははははは!」
狂った、と確信した。
もう止められない。
思考も止まらない。
ああ、こいつ
間違えてやがった。
私と、轆轤くんを。
笑わずにはいられない。心の底から笑いが止まらない。憎しみが止まらない。
よくも間違えやがって、間違えやがって!
私を殺せばいいだけの話だろうが!
それなのに、轆轤くんまで殺しやがって。何をしてくれてんだ。
なぜ私を殺さなかった!!
「くきぎひゃああああああああっはっはっぎあああああああああああああああがががあああああああああああああああああああああああああ!!」
殺す。
頭の中にはそれしかなかった。
ただ殺せればそれだけでよかった。
だから、どのように殺すかなんてのは考えていなかった。
向けられていた銃口を見据えていたが、私はそのとき実際何も見ちゃいなかった。
見なくても分かる。
それが五感を超えた、狂人の世界。
ああ、ただいま。懐かしい感覚。
そしてそのまま感情は暴走する。この理性だって、すぐに呑み込まれる。
『ND』が真っ先に思いついた。
致死電気量を超えた電流。人を殺すためだけに開発されたような魔法だ。
以前『ELSE』に使用して返り討ちにあったのを覚えていた。
しかし今の私は連想ゲーム。それが正しいかどうかはどうでもいい。ただ『ELSE』という、『else』という音から思い出された最初の魔法が、それだったのだ。
次に、鞠ちゃんの話を思い出した。『DghT』の電撃。人間コイル。人体を電撃的に爆発させる。
これでもう『else』を殺すには十分だ。十分だ。殺すには、殺すには。
純粋にただ純粋に殺すいやそんな純粋だなんて形容詞なんていらない
殺す。
そして、結局。
魔法は思った通りに発動した。いや、思った以上に発動した――
思いの強さで、発動した。
『else』の持っていた銃が、爆発したのだ。
そこから、濾過の魔法が溢れ出す。迸る。噴出する!
弾き出された魔法は、そのまま『else』に向かい――
『else』を殺した。
濾過はそのことに驚かなかった。驚くほどのことでもなかった。彼女は『else』を殺すことに忙しかったから。
暴走した感情で、ついに理解出来た。
『魔法殺し』は、とんでもない諸刃の剣だ、と。
こちらの武器にもなるのだ。感情が、そのつもりならば。何に対しても負けないほどの強い感情ならば――
狂気ならば
『魔法殺し』は、むしろ味方だ――
……彼が倒れて、もはや原形がかろうじてまでしか分からなくなった頃、濾過は意識をゆるやかにさせていった。感情のまま動くのではなく、その感情すら、理性に渦巻いて……
「……はぁ、死んだか」
周りの人は、あまりの非現実性に言葉を失っていた。死体が二つ出来たのだ。そしてその中心に狂人。異常な空間であることは誰の目にも明白だった。
その中で、魔法らしきことも起こったのだ。
口封じなんか必要ない。
彼らはこのことを生涯心の奥底にしまい込むだろう。
誰にも話したくないはずだ。
こんな恐ろしい、非現実的な光景を。
「はぁーあ……」
濁った瞳で、濾過は雨空を仰ぐ。
また――か。
あのときと同じで、あのときとも同じだ。
今回も――同じだ。
やっぱり、閉じ込められている。
最初から、最後まで。
では、今からそれを――ぶっ潰そう。
彼女は雨の殺害現場を歩く。
そうして始まる、『魔法行』最後の戦い。
その終焉は――もはや、考えるまでも、無いだろう。
第1章・終
第2章へ続く




